高市早苗首相が飲食料品にかかる消費税率を2年に限り、8%から1%に引き下げる方針を決めた。中低所得者に対する支援を目的とした給付付き税額控除が導入されるまでのつなぎ措置としての位置付けである。イラク情勢の緊迫化などに伴う物価高に対応するものだが、減税を実施するための肝心の財源は確保されておらず、外食産業や農業などへの悪影響も懸念されている。経団連や日本商工会議所などの経済団体は揃って減税に慎重な対応を求めていたが、高市首相は衆院選公約で掲げた減税の実現にこだわった。
しかし、公約で打ち出した給付付き税額控除の制度設計は、具体化が進んでいない。いま求められている中低所得者支援とは、負担が重くなるばかりの社会保険料の軽減のはずだ。超党派の国会議員で構成する「社会保障国民会議」も社会保障と税の一体改革を幅広く議論し、給付付き税額控除を検討する場として創設された。それなのに国民会議の中間取りまとめは、給付付き税額控除の具体的な設計案は示さず、所得水準に連動した現金給付を消費減税後に実施するとした。社会保険料の負担増は日本経済の潜在成長率を低下させる恐れも指摘されており、社会保障財源に充てる消費税の減税は時宜を得た政策とは思えない。今後も少子高齢化に伴って社会保険料の負担が一段と重くなるのは避けられないだけに、政府・与党は社会保障改革を急いでほしい。
今年2月の衆院選で高市首相は「給付付き税額控除を導入するまでの2年間限定で、飲食料に対する消費税率をゼロとする」との公約を盛り込んだ。給付付き税額控除は家計支援として所得税を減税し、減税しきれない部分は給付で賄う政策である。すでに英国やカナダなどで実施されており、自民党は従来の国民に対する一律給付とは異なる中低所得者対策として目玉政策に据えた。その後、衆院選で大勝した高市政権は与野党議員による議論を促すため、国民会議を創設して給付付き税額控除の制度設計や消費減税のあり方などの検討を促した。
高市首相は国民会議で示された中間取りまとめを踏まえ、来年4月から飲食料品にかかる消費税率を1%に引き下げる方針を表明した。だが、国民会議の下に設置された実務者会議や有識者会議では消費減税は懸案が多過ぎるとして、減税に反対する声が上がっていた。特に財界や農協団体などは減税に反対する姿勢を示していたが、国民会議の中間取りまとめは消費減税の実施を提示し、野党議員からは「我々は何のために時間を費やしてきたのか」との不満が噴出した。これに対し、自民党関係者は「総選挙で勝利した首相が消費減税に固執する以上、それに反対はできない」と指摘しており、最終的に首相主導で消費減税は実行されることになりそうだ。
消費税率をゼロ%とすると、レジシステム改修に時間がかかるため、税率は1%に設定するが、それでも減税には1年間で4兆円以上の財源が必要になる。2年間ならば8兆円超だ。高市首相は「新規の国債発行には依存しない」としているものの、減税のための財源は未定だ。自民党内には「インフレが続けば、税収も自然と増える」として、税収増で減税の財源は賄えるとの楽観的な見方も浮上しているという。だが、長期金利が30年ぶりの高値を記録し、円安も進行する中で金融市場は政府の財政政策を注視しており、市場に与える影響を考慮して無責任な財源論議は控えるべきだ。突然の減税方針で金融市場の混乱を招いた英国の「トラス・ショック」の再来を招いてはならない
問題なのは社会保障財源に充てる消費税の減税を決めながら、社会保障改革はほとんど手つかずの状態にあることだ。政府は年内に社会保障の工程表を作成するとしているものの、国民会議では当初、社会保障改革にも取り組み、現役世代の負担が重い社会保険料の引き下げも検討する予定だった。だが、実際には給付付き税額控除の制度設計は複雑になるため、給付先行で合意し、改めて時間をかけて税額控除の制度設計を議論するとして先送りを決めた。肝心の国民の所得や資産を把握する仕組みづくりはこれからだ。飲食料品への消費減税を2年実施するなら、その間に緻密な制度設計を急ぎ、マイナンバーカードと全銀行口座の紐付け義務化などに取り組む必要がある。
そして現役世代の負担が重い社会保険料の着実な引き下げに向け、実効性ある社会保障改革も同時に実行しなければならない。今年4月には「子ども・子育て支援金」が導入され、健康保険料に上乗せする形で徴収が始まった。本来なら子ども・子育て支援は消費税で対応すべき政策の1つだが、消費増税に対する国民の反発が根強いため、給料から天引きされる社会保険料に上乗せするという歪な形となった。これは「取りやすいところから取る」という典型だろう。
国・地方を合わせた我が国全体の歳入構造を見ると、2度の税率引き上げで消費税収は2000年から現在までにGDP(国内総生産)比で2ポイント近く上昇した。所得税や法人税の税収も合わせて2ポイント近く上がったが、個人・企業の社会保障負担は少子高齢化で医療・年金・介護の負担が増加して4.3ポイントと消費税収の伸びを大きく上回る状況にある。特に現役・子育て世帯の負担が重くなっており、これでは日本の個人消費の回復にもつながらない。
日本の社会保障費は今年度予算ベースで約144兆円にのぼり、この財源は6割が社会保険料、残り4割が国・地方からの税金である。すでに消費税は社会保障目的税化されているが、それでも消費税収26兆円では公費負担を賄えず、国債発行で不足分を補っている状態にある。その消費税収をさらに減少させる減税を実施し、財源を国債発行に頼らないとするなら、社会保障給付を削るしかない。高市首相は「減税は2年で終える」と強調するが、その期限が到来する2029年春の前年の28年夏には参院選も控えている。依然として参院は少数与党にとどまっている自民党は、何としても与党で過半数の確保を目指すだろう。そうした中で本当に消費税率を元に戻すという政治的な決断を下せるのかは不透明である。結局はさまざまな理由をつけながら消費減税がその後も続く可能性が高く、それだけに財源を確保しない見切り発車での減税は避けなければならない。
井伊重之Shigeyuki Ii
経済ジャーナリスト、産経新聞客員論説委員
コーポレートガバナンスに関する論考多数。政府の審議会委員なども歴任。