未上場企業におけるコーポレートガバナンスの提言

2026年6月10日

高橋信也(株式会社マネジメントソリューションズ 代表取締役会長 兼 社長)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.21 - 2026年4月号 掲載 ]

日本企業の約99.8%を占める未上場企業は、地域経済と雇用を支える中心的存在であるにもかかわらず、コーポレートガバナンスの議論では長らく主役の座に置かれてこなかった。本稿では未上場企業を「スタートアップ」「昭和型企業」「非上場大企業」の三類型に整理し、各類型に必要な実質的ガバナンスと、上場・未上場を超えて通用するガバナンスの本義を論じる。

1 未上場企業という「日本経済の本体」を見える化する

日本全国には約178万社の法人企業が存在し、そのうち上場企業は約4,000社、全体の0.22%に過ぎない。残る99.8%は未上場企業であり、地域雇用の受け皿となり、サプライチェーンの基盤を支え、地方の税収やコミュニティの持続性にも影響を与えている。にもかかわらず、コーポレートガバナンス(以下CG)の議論は、ガバナンス・コードや市場規律を前提とした上場企業中心で発展してきたため、未上場企業は「制度の外側」に置かれがちだった。

しかし、経営者が誤る可能性は上場・未上場で変わりはない。むしろ未上場では、①社外取締役設置や開示の義務がない、②株主・金融機関・従業員・取引先といった利害関係者が多様である一方、説明の枠組みが弱い、③意思決定が経営者個人に集中しやすい、という構造が重なり、リスクが潜在化しやすい。結果として、問題が表面化した時には、資金繰り、採用、取引継続、地域からの信用といった「事業の土台」そのものが崩れやすい。

本稿の主張はシンプルである。未上場企業に必要なのは、上場企業の制度をそのまま移植することではない。自社の歴史・資本構成・ステークホルダーの関係性に合わせ、形式に寄り過ぎず実質を機能させるCGを「小さく始め、運用で育てる」ことだ。そのために、未上場企業を三類型に整理し、類型別の処方箋と、全類型に共通する本質論を提示する。

2 三類型で整理する:同じ「未上場」でも課題は違う

未上場企業は一括りにされがちだが、実務的には性格が大きく異なる。本提言書は、(1)スタートアップ、(2)昭和型企業、(3)非上場大企業の三類型に分類する。

スタートアップは外部株主の資本を受け入れ、短期の非連続成長とEXITを志向する。昭和型企業は、戦後から高度成長期に勃興し、オーナーシップが強く、銀行や元請けとの関係の中で存続してきた中堅・中小企業群である。非上場大企業は、創業家の哲学、事業の時間軸、MBOなどの事情から、意図的に非上場を選びながら大規模に成長した企業群を指す。

この整理の価値は、ガバナンスの「目的」がそれぞれ異なる点にある。スタートアップでは、信頼の獲得とスケールアップの安全運転が目的になる。昭和型企業では、属人経営の功罪を踏まえつつ、事業承継を契機に経営の透明性と再現性を高めることが目的になる。非上場大企業では、非上場という自由度を「言い訳」にせず、社会的影響力に見合う説明責任と自律的牽制をどう設計するかが目的になる。以下、類型別に論じる。

3 スタートアップ:CGを「上場準備」ではなく成長の加速装置へ

外部資本を必要とする場合のスタートアップは、外部株主(ベンチャーキャピタル、以下VC・エンジェル等)の存在により、比較的早い段階から透明性への要求を受ける。シリーズA以降では、ガバナンスの欠如が資金調達の「ノックアウトファクター」になり得るという指摘は現実的である。にもかかわらず、現場では「プロダクトが先」「スピードが正義」という空気の中で、契約・経理・人事・知財・税務といった基礎統治が後回しになり、急成長とともに脆弱性が露呈する。

委員会としての提言は「初期からのミニマムCG導入」だ。負担の重たい委員会設置や過剰な規程整備を求めるのではない。例えば、設立直後から月1回の取締役会を置き、意思決定を記録する。重要事項(資金使途、主要契約、重要人事など)を簡易チェックリストに落とし、経営陣と外部株主で定期的に共有する。これにより、後から「知らなかった」「聞いていない」という対立を減らし、M&AやIPO時のデューデリにも耐えうる企業体力が育つ。

さらに重要なのが、業界横断の「学習インフラ」である。スタートアップ業界は成功物語が前面に出やすく、ガバナンス不全の失敗事例が共有されにくい。だが、資本政策の混乱、資金流用、ハラスメント、情報開示の怠慢など、組織内で起こる問題は外から見えづらく、再発防止が進みにくい。匿名化した失敗事例をケーススタディ化し、VCやアクセラレーター、経験者が学びを共有する枠組みが必要だ。目的は「晒す」ことではなく「防ぐ」ことにある。

最後にスタートアップ業界内の文化として、ガバナンスを"ブレーキ"ではなく"ちょうどいいガバナンス"を称える評価軸に変える必要がある。採用市場や投資判断で、組織運営の信頼性が評価される状態が作れれば、ガバナンスはコストではなく競争力になる。

なお、ミニマムCGの実装は「一度行って終わり」ではない。取締役会の頻度や議題、KPIのモニタリング、内部統制の粒度は成長フェーズで変わる。創業期は資金の出入りと契約・知財の整合が中心になり、組織が30人を超えれば採用・評価・ハラスメント対応が重要になり、100人を超えれば権限委譲と監査プロセスが必要になる。したがってチェックリストは、投資契約の抽象的な条項より一段細かい運用項目として、半年や四半期で更新し、経営陣の「見落とし」を早期に露出させる道具として使うのがよい。

4 昭和型企業:属人経営の強さを生かしつつ、次世代に渡る仕組みへ

昭和型企業は、創業者のオーナーシップが高く、現金回収や資金繰りに強い関心を持ち、家族主義的な関係性の中で人を束ねてきた。高度成長期には、こうした「近さ」と「決断の速さ」が強みになった。しかし、現代では、業界の垣根を超えた企業間競争、少子高齢化による人材不足、コンプライアンス要求の高まりなどにより、属人経営のリスクが拡大している。管理会計が弱いままでは、原価・損益分岐点が見えず、コストダウン競争の中で利益が残りにくい。取締役会がイエスマンで固まれば、戦略議論が生まれず、リスクが顕在化するまで軌道修正ができない。

この類型における最大の転換点は事業承継である。承継は株式移転だけではない。経営権と所有権の分離、意思決定の透明化、次世代幹部の育成、そして企業文化の更新を同時に進める必要がある。提言は五つの方法に整理できる。

第一に「取締役会の実質化」。社外アドバイザーや地元金融機関OBなど、現経営陣に寄り添いながらも独立した目線を持つ人材を加え、議題の事前共有、審議記録の可視化など、会議体運営を整える。第二に「スモールスタート」。人員・予算が限られる未上場企業に、上場企業並みの制度を求めても続かない。月1回のアドバイザリーボード、経営会議の作り方の学習、業績評価制度の導入など、段階的な導入手順を示すガイドラインが有効である。そのための中小企業庁におけるガイドライン策定を提案したい。第三に「税制インセンティブ」。ベテラン経営者の事業承継を積極化させるために、事業承継時の相続税優遇や株式移動時のキャピタルゲイン課税優遇を提言したい。事業承継優遇税制の適用条件として、「基本的なガバナンス体制の整備(定款整備、「実質的」な取締役会の実施記録など)」を含めることとし、中小企業庁や税務署などの公的機関による簡易審査を通じて、これらを実践する。第四に「地域金融との連携」。ガバナンス評価を融資条件に取り入れ、改善に取り組む企業に金利優遇や枠拡大などのインセンティブを付与する。第五に「報酬改革と社員持株会」。役員報酬を税務調整弁にせず、企業価値向上と連動した変動報酬を検討し、従業員を株主的存在として位置づけることで、企業価値向上という共通目標を作る。

さらに昭和型企業では、ガバナンス改革を「社長を縛る」ものとしてではなく、「社長の属人的負荷を減らす」ものとして再定義することが実務上効く。例えば、社長がすべての決裁を抱える構造では、社長の健康や判断の揺らぎがそのまま企業リスクになる。権限規程と稟議の流れ、最低限の内部監査、月次の管理会計レビューを整えることは、社長の意思決定を速め、後継者に経営を「引き継げる形」にする。社員にとっても、評価・昇格の基準が可視化されることで納得度が上がり、採用競争力にも効く。つまりガバナンスは、現場の生産性と人材定着にも直結する経営施策である。

これらは「昭和型企業を否定する」話ではない。強みであった現場力や結束を、次世代に渡る仕組みに翻訳するための提案である。

5 非上場大企業:非上場であることを「自由」として使い切る

日本には、上場という選択肢はありながらも、あえて非上場を維持し、大企業として発展してきた企業が数多く存在する。これらの企業にとって、非上場は「未成熟な状態」ではなく、経営戦略上の明確な意思決定であり、長期視点に立った価値創造を可能にする重要な前提条件となっている。

本提言書では、こうした非上場大企業を、非上場を選択する理由の違いから、次の三つの類型に整理している。

第一に、創業者・創業家の哲学に基づき、非上場を是としてきた企業。

第二に、不動産、インフラ、伝統産業など、事業特性や時間軸の長さから、上場企業に求められる短期的評価がなじまない企業。

第三に、MBO(マネジメント・バイアウト)等を通じて、上場企業から非公開化した企業である。

提言1: 非上場を選択する理由を言語化し、監督構造に反映させる

創業家の哲学に基づく非上場企業では、従業員の雇用安定や地域社会との共生、事業の永続性が重視されることが多い。この場合、短期的な株主価値よりも、長期的な企業価値を監督できる体制が求められる。一方で、創業家に権限が集中しやすく、経営判断に対する牽制が弱まりやすいという構造的リスクも存在する。そのため、創業家が執行から距離を置き、監督者としての役割に移行する局面では、取締役会における社外比率の引き上げや、実質的な議論を担保する運営が重要となる。

MBO等により非公開化した企業では、上場時代のガバナンスをどこまで維持し、どこを簡素化するのかという選択が不可避となる。非公開化は、ガバナンスを弱めるためではなく、形式主義から脱却し、実質を取り戻すための契機であるべきである。

提言2: 形式を整えたうえで、実質的に機能させる

非上場大企業には、社外取締役の設置義務や開示義務がない。そのため、制度そのものが存在しないケースも多い。しかし、形式を欠いたまま実質だけを語ることは難しく、結果として属人的判断に依存する経営になりやすい。まずは取締役会、権限規程、会議体といった形式を整え、その運用を通じて実質を作っていくという順序が現実的である。

特に取締役会の機能を実質化する鍵は、社外取締役の人選にある。上場企業では、義務化の結果として「当たり障りのない人選」が行われることも少なくないが、非上場企業ではその必要はない。株主構成上、社外取締役が最終的な選解任権を持たない場合でも、経営者と十分な信頼関係を持ち、臆せず発言できる人物を選任することが重要である。

提言3: 人が替わっても受け継がれるガバナンスを文化として定着させる

非上場大企業においては、経営者の交代や世代交代が、ガバナンスの実効性を左右する大きな分岐点となる。特定の経営者の力量や人格に依存したガバナンスは、その人物が退いた瞬間に機能しなくなる。したがって、開示や社内外との対話を通じて、ガバナンスの考え方そのものを共有し、人が替わっても受け継がれる風土を醸成することが不可欠である。

非上場大企業におけるガバナンス改革の本質は、上場企業の制度を模倣することではない。自社が非上場である理由を起点に、どのような監督が必要で、どのような説明責任を果たすべきかを主体的に設計することにある。その試行錯誤の積み重ねこそが、非上場大企業におけるコーポレートガバナンスの実質を形成していくのである。

6 共通軸に関する議論:三類型を貫く「三つの問い」

類型別提言が有効である一方、委員会の議論の中心はより本質的な企業経営の問いにあった。その共通軸は三つに集約される。

第一の問いは「企業は誰のものか」である。企業を経営者個人の私物と捉えると、ガバナンスは自由を奪う制約に見える。しかし企業を公器、すなわち多様なステークホルダーから成り立つ社会的存在と捉えれば、ガバナンスは説明責任を果たし、私物化を防ぐための基盤になる。オーナー企業ほど家業化しやすいという指摘は、まさにこの論点に接続する。経営者教育が不足し、叱る者がいない環境では、私物化の誘惑は強まりやすい。

第二の問いは「形式主義か、実質主義か」である。不祥事の多くは「制度がない」ことより、「制度が形骸化している」ことから起きる。議事録が存在しても、実態は追認会議である。社外取締役がいても、情報が渡らず機能しない。だからこそ、未上場企業はまず形式から入りつつも、運用を通じて実質を作る必要がある。実質を機能させる鍵は経営者教育であり、その教育は理想論の注入ではなく、失敗事例から学ぶ危機感の醸成が有効だという指摘は重要である。

第三の問いは「文化と制度をどう調和させるか」である。日本には100年以上の企業が多数存在し、理念や文化を守りながら存続してきた。ガバナンスは文化を壊すものではない。理念や暗黙知を制度に翻訳し、世代を超えて受け継げる形にするための器である。制度だけが先行して文化と断絶すれば、現場は反発し、形骸化する。逆に文化だけに頼れば、属人化して再現性を失う。両者の橋渡しがガバナンスの役割だ。

共通軸の議論を現場に落とす鍵は、専門家と地域インフラの使い方である。全国には税理士、中小企業診断士、弁護士、社労士などの専門家が多数存在し、さらに地域金融機関や商工会議所は企業に近い距離で伴走できる。これらのプレイヤーが「書類作成」や「補助金申請」だけでなく、取締役会の議題設計、権限規程の整備、リスク棚卸し、内部通報やハラスメント対応の仕組みづくりといったガバナンスの中身に関与できれば、普及の速度は上がる。ガバナンスは一社だけで完結しにくいからこそ、普及体制を"三位一体"(経営者教育・地域金融・専門家支援)で構築するという発想が重要になる。

7 コーポレートガバナンスの本義:未上場企業を超えて

コーポレートガバナンスを考える際、上場企業か未上場企業かという区分に目が向きがちだが、企業統治の本質はその区分を超えたところにある。経営者が常に正しい判断を下せるとは限らず、内部者だけでは誤りを是正できないという前提は、すべての企業に共通している。だからこそ、外部の視点を取り入れた統治の必要性は、企業形態に関係なく存在する。

日本企業の統治を理解するうえで有効な視点として、「オオヤケ(公)」「ムラ(共同体)」「イエ(家)」という三層構造がある。本来、企業は社会の公器、すなわち「オオヤケ」として存在する。しかし現実には、企業統治が内部共同体としての「ムラ」や、経営者や創業家の私的領域である「イエ」の論理に引き寄せられることが少なくない。こうした状態では、意思決定が閉鎖的になり、異論や外部からの是正が働きにくくなる。

このような統治のあり方は、「衰退型ガバナンス」と呼ぶことができる。衰退型ガバナンスとは、制度が存在しない状態ではなく、形式的な制度は整っているにもかかわらず、実質的には機能せず、経営判断が属人的・内向きに行われる状態を指す。そこでは、問題が先送りされ、リスクが蓄積され、企業の持続性が徐々に損なわれていく。

上場企業では、政府や証券取引所を通じてガバナンス制度が導入される一方、形式対応に陥る危険がある。未上場企業では法的義務がない分、自主的に取り組む余地があるが、同時に「ムラ」や「イエ」への回帰が起こりやすい。この違いは優劣ではなく、ガバナンス導入の入口が異なるにすぎない。

重要なのは、ガバナンスを規制対応や制度整備として捉えるのではなく、企業を「オオヤケ」として機能させ続けるための仕組みとして位置づけることである。理念や文化を否定するのではなく、それらを制度に翻訳し、人が替わっても機能する統治として定着させることが、衰退型ガバナンスから脱却するための鍵となる。

8 結び:ガバナンスを「成長のブレーキ」から「加速装置」へ

未上場企業におけるCGは、単なる法令遵守や形式整備ではない。信頼を積み上げ、企業価値を守り育て、次世代へと受け継ぐための基盤である。

スタートアップには初期からのミニマム統治と学習インフラが必要であり、昭和型企業には事業承継を契機とした改革が必要であり、非上場大企業には非上場の自由度を活かした自律的牽制と対話が必要である。そして三類型を貫くのは、企業を公器と捉える視点、形式より実質を重んじる姿勢、文化と制度の調和である。

ガバナンスは成長のブレーキではなく加速装置である。未上場企業がこの理解を共有し、実情に合わせた実装を積み重ねることができれば、日本経済の「本体」はより強く、よりしなやかになる。

高橋信也氏

高橋信也Shinya Takahashi
株式会社マネジメントソリューションズ 代表取締役会長 兼 社長
福岡県出身。修猷館高等学校、上智大学経済学部卒。外資系コンサルティング会社等を経て、2005年マネジメントソリューションズを設立。2024年1月より取締役会長に就任。著書に『PMO導入フレームワーク』生産性出版 2010 年、『MSOL経営システム』ダイヤモンド社2025年など。

これまでの記事[ OPINION ]