経済界の平和への貢献とESGP

2025年11月10日

桑山三恵子(一橋大学CFO教育研究センター 客員研究員、株式会社安藤・間 社外取締役、株式会社富士通ゼネラル 社外取締役)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.19 - 2025年8月号 掲載 ]

新しい概念ESGPとは何か

1945年8月の広島、長崎の被爆と、第二次世界大戦の終戦から、今年は80年という節目の年である。2025年5月30日、広島県は、2025ひろしま国際平和&ビジネスフォーラムにおいて「2025ひろしま宣言」を、広島県知事湯崎英彦氏と経済同友会代表幹事新浪剛史氏を議長とするエグゼクティブコミティメンバー(1)とともに発表した。この宣言は、経済界の平和への貢献を加速するための指針であり、新しい概念の「ESGP(環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)、平和(Peace)」と経済界を中心とするマルチステークホルダーの行動指針が示され、ESGPの浸透を目的とする。

ESG(環境、社会、ガバナンス)は、地球規模の課題にも対処しなければならない現代の企業経営、事業活動、投資活動に、必須の三要素として知られている。この三要素に新たに平和(Peace)という要素を加えたものがESGPである。環境(Environment)は、企業が経営戦略として取り組み、新たな行動原理やビジネスチャンスを生み出した。同様に平和(Peace)を企業活動に内在する要素として捉え直し、新たな行動原理やビジネスチャンスを生み出し、持続可能な企業活動を創出しようということである。単なる投資判断の考え方ではない。経済界を中心とするマルチステークホルダーが、平和と安定に資する行動をとるための旗印である。

フォーラムでは、①持続可能な経済活動の拡大と課題、②地政学リスクの拡大、③生成AI等の新技術、④グローバルサウスの台頭、⑤核兵器のない世界への道筋の5つの視点から、世界が抱える問題の把握と未来へのアクションにつき議論を深めた。

マルチステークホルダーの行動指針 (2)
〈企業・経済団体〉 企業活動を通じて平和に貢献し、平和を目指すうえでの課題から機会を捉えたビジネスモデルを構築
  • 企業が自らを世界の平和と安定のための行為者であると自覚し、企業活動そのものを通じた平和への貢献に取り組む。また、投資家や消費者の平和で持続可能な社会の実現に対する投資・消費行動をできる判断材料を提供する。
  • 平和と安定を目指すうえでの課題からビジネスチャンスを見出し、革新的な技術やアイデアを基にビジネスモデルを構築し、継続させることで、課題解決を図る。
  • 紛争助長に関わる活動を排除し、国際的な取引規制の枠組みを参考に、公正な競争と社会的責任を確保するためのルールづくりを推進する。

〈投資家(株主)〉 ESG投資に加え、「平和(Peace)」を意識した投資行動の実践
  • 従来のESG投資の基準に加え、企業の活動が平和の促進や紛争の回避にどのように寄与しているかを評価基準に組み込み、ESGPとして平和を意識した投資に深化する。
  • 投資先企業に対して人権・環境・平和に配慮した事業活動の強化を求め、エンゲージメントを通じた対話を積極的に行う。
  • 紛争資源に関わる企業への投資を回避し、透明性を確保した投資活動を実施する。

〈政府・自治体〉 経済分野における平和貢献を加速化させる取組の実施
  • 戦争や紛争の原因となる要素(貧困・格差、資源争奪、社会的不平等など)を緩和するための公正な国際貿易ルールや経済施策を強化する。
  • 人権侵害や環境破壊を助長する経済活動を防止するため、明確なガイドラインを設け、ESGPを含めた国内外のルールづくりを推進する。
  • 地域経済の発展やそれぞれの国における自治体の役割に応じた社会課題の解決のための施策、自治体間の国際協力を通じて、地域の安定や繁栄を通じた平和で持続可能な 社会の実現に取り組む。

〈学術界・シンクタンク・NGO 等〉 新しい概念の提示や活動のモニタリング・意識醸成
  • 平和で持続可能な社会に向けた新たな価値観や枠組みを構想する役割を果たす。既存の枠を超えた考え方を提案し、社会における議論を活性化する。
  • データに基づいた政策モニタリングと評価を通じ、政府・企業の意思決定に科学的根拠を提供する。また、市民や企業、政府を対象にした啓発活動を通じて、平和で持続 可能な社会の重要性を広く伝える。
  • 紛争や人権侵害に関与する政策や経済活動に対して監視と情報公開を行う。

〈消費者〉ESGPに配慮した持続可能な消費行動
  • 一人一人が平和を意識した持続可能な消費行動をとることで、平和で持続可能な社会の実現につながることを深く理解し、行動に移す。
  • ESGPに配慮した製品やサービスを選択し、公正な取引や倫理的な消費行動を実践するとともに、過剰消費や不透明な生産背景を持つ商品の購入を控える。
  • 企業の取組みや製品の背景を積極的に調べ、信頼できる情報を共有することで、倫理的な消費の広がりを促進する。

平和は持続可能な企業活動の基盤

現在、ロシアによるウクライナ侵攻、インド・パキスタン紛争、パレスチナ紛争、ハマスを支援するイランへのイスラエルやアメリカの爆撃など、世界各地で戦争や紛争が起きている。

紛争地域では、破壊された建造物があふれ、人々の生命は危険にさらされ、経済活動は低迷、休止し、物資や食料も乏しい暮らし、という現実が連日報道されている。

第二次世界大戦後に構築されてきた法やルールに基づく国際秩序が、力による支配へと転換してきているのかと疑わせる状況にある。

さらに米国のトランプ政権による相互関税政策は、国際協調と自由貿易が基盤であるグローバル経済から自国中心主義への転換を促進しているように見える。また、米国内では、DEI:Divercity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包摂性)への逆風、名門大学への圧力の増大等、米国内の価値観による分断が加速している。世界は、統合より分断に向かっているように見え、先行きの不透明感が増し、多くの企業は事業戦略の見直しを迫られている。

このような状況から、主に国家間の軍事や安全保障、領土問題に焦点をあてる地政学(Geopolitics)はもとより、経済的な手法や施策(投資、貿易、経済的制裁等)と国の戦略や国際関係に焦点をあてる地経学(Geoeconomics)への関心も高まっている。

被爆による壊滅的被害を受けた広島が人口100万人の大都市として復活したことには、戦後の日本の平和維持と経済活動の活発化と維持(近年低迷しているが)とが寄与している。広島から、新たな概念であるESGPが提示されたことは意義深い。平和こそが、安定した豊かな暮らし、活発な経済活動の基盤であることは明らかである。経済界が中心となり、ESGPの概念を浸透させ、持続可能な企業活動と平和な世界を構築するためのブレークスルーを創出していきたいものである。

NOTE
  1. ジョン・V・ルース氏(元駐日大使)、ダグラス・ピーターソン氏(S&Pグローバル前社長兼CEO)、メーガン・オサリバン氏(ハーバード大学ケネディスクール ベルファー科学国際問題センター所長)、鈴木一人氏(東京大学公共政策大学院教授)
  2. 2025ひろしま平和宣言の全文
桑山三恵子

桑山三恵子Mieko Kuwayama
一橋大学CFO教育研究センター 客員研究員
株式会社安藤・間 社外取締役
株式会社富士通ゼネラル 社外取締役
一橋大学大学院商学研究科後期博士課程単位取得退学、専門分野は経営倫理、戦略経営論。一橋大学大学院法学研究科 特任教授、株式会社資生堂 企業倫理室長、CSR部部長を経て現職。東京電力グループ企業倫理委員会委員。共著に『経営倫理入門―サステナビリティ経営をめざして』(文眞堂)、『渋沢栄一に学ぶー論語と算盤の経営』(同友館)等

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