2025年11月10日
桑山三恵子(一橋大学CFO教育研究センター 客員研究員、株式会社安藤・間 社外取締役、株式会社富士通ゼネラル 社外取締役)
1945年8月の広島、長崎の被爆と、第二次世界大戦の終戦から、今年は80年という節目の年である。2025年5月30日、広島県は、2025ひろしま国際平和&ビジネスフォーラムにおいて「2025ひろしま宣言」を、広島県知事湯崎英彦氏と経済同友会代表幹事新浪剛史氏を議長とするエグゼクティブコミティメンバー(1)とともに発表した。この宣言は、経済界の平和への貢献を加速するための指針であり、新しい概念の「ESGP(環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)、平和(Peace)」と経済界を中心とするマルチステークホルダーの行動指針が示され、ESGPの浸透を目的とする。
ESG(環境、社会、ガバナンス)は、地球規模の課題にも対処しなければならない現代の企業経営、事業活動、投資活動に、必須の三要素として知られている。この三要素に新たに平和(Peace)という要素を加えたものがESGPである。環境(Environment)は、企業が経営戦略として取り組み、新たな行動原理やビジネスチャンスを生み出した。同様に平和(Peace)を企業活動に内在する要素として捉え直し、新たな行動原理やビジネスチャンスを生み出し、持続可能な企業活動を創出しようということである。単なる投資判断の考え方ではない。経済界を中心とするマルチステークホルダーが、平和と安定に資する行動をとるための旗印である。
フォーラムでは、①持続可能な経済活動の拡大と課題、②地政学リスクの拡大、③生成AI等の新技術、④グローバルサウスの台頭、⑤核兵器のない世界への道筋の5つの視点から、世界が抱える問題の把握と未来へのアクションにつき議論を深めた。
現在、ロシアによるウクライナ侵攻、インド・パキスタン紛争、パレスチナ紛争、ハマスを支援するイランへのイスラエルやアメリカの爆撃など、世界各地で戦争や紛争が起きている。
紛争地域では、破壊された建造物があふれ、人々の生命は危険にさらされ、経済活動は低迷、休止し、物資や食料も乏しい暮らし、という現実が連日報道されている。
第二次世界大戦後に構築されてきた法やルールに基づく国際秩序が、力による支配へと転換してきているのかと疑わせる状況にある。
さらに米国のトランプ政権による相互関税政策は、国際協調と自由貿易が基盤であるグローバル経済から自国中心主義への転換を促進しているように見える。また、米国内では、DEI:Divercity(多様性)、Equity(公平性)、Inclusion(包摂性)への逆風、名門大学への圧力の増大等、米国内の価値観による分断が加速している。世界は、統合より分断に向かっているように見え、先行きの不透明感が増し、多くの企業は事業戦略の見直しを迫られている。
このような状況から、主に国家間の軍事や安全保障、領土問題に焦点をあてる地政学(Geopolitics)はもとより、経済的な手法や施策(投資、貿易、経済的制裁等)と国の戦略や国際関係に焦点をあてる地経学(Geoeconomics)への関心も高まっている。
被爆による壊滅的被害を受けた広島が人口100万人の大都市として復活したことには、戦後の日本の平和維持と経済活動の活発化と維持(近年低迷しているが)とが寄与している。広島から、新たな概念であるESGPが提示されたことは意義深い。平和こそが、安定した豊かな暮らし、活発な経済活動の基盤であることは明らかである。経済界が中心となり、ESGPの概念を浸透させ、持続可能な企業活動と平和な世界を構築するためのブレークスルーを創出していきたいものである。
桑山三恵子Mieko Kuwayama
一橋大学CFO教育研究センター 客員研究員
株式会社安藤・間 社外取締役
株式会社富士通ゼネラル 社外取締役
一橋大学大学院商学研究科後期博士課程単位取得退学、専門分野は経営倫理、戦略経営論。一橋大学大学院法学研究科 特任教授、株式会社資生堂 企業倫理室長、CSR部部長を経て現職。東京電力グループ企業倫理委員会委員。共著に『経営倫理入門―サステナビリティ経営をめざして』(文眞堂)、『渋沢栄一に学ぶー論語と算盤の経営』(同友館)等