日立の取締役会改革

2021年1月12日

中西宏明((株)日立製作所 取締役会長 執行役、(一社)日本経済団体連合会会長)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.5 - 2020年12月号 掲載 ]

本欄では皆様のご参考になれば幸いと思い、(株)日立製作所の取締役会改革の経緯と背景を紹介させて頂きたい。日立製作所は2009年3月リーマンショックの際に製造業始まって以来の巨額赤字を出し、経営陣が入れ替わる事態となった。既に子会社の会長職にあった川村隆が会長兼社長に就任、副社長陣も入れ替わった中で米国のハードディスク製造販売子会社の経営に当たっていた私も日本に呼び戻され副社長の任に就いた。そこからは傷んだ財務諸表の手当てとなるべく増資をし、課題の多い事業部門の整理に追われ、慌しい一年が過ぎた翌2010年に川村は会長、私は社長に任命された。川村自身がそのように決めた。

形式から実質へ

さて、そこからコーポレートガバナンスへの取組がスタートした。日立製作所はその時点で委員会等設置会社であり、ガバナンスを主任務とする取締役会と会社運営に当たる執行役との機能分離はされており、監査委員会、指名委員会、報酬委員会の三委員会が設けられ、委員には社外取締役も入った一通りの組織構成をとっていた。さて振り返って、大赤字を招いた運営上の課題やら、トップ交代を含む人事、財務危機に対応する増資等々の危機時の経営判断に取締役会がどのように機能を果たしたかについて、川村会長、社長の私共々率直なところ「一切邪魔にならず助かったと同時に三委員会は必要あるのか?いっそのこと監査役設置会社に戻そうか?」という会話であった。要は、最新のコーポレートガバナンスの形をとりながら危機時の取締役会の機能は限定的で危機の回避や克服への貢献は大きくないとの認識であった。

改めて取締役会の構成メンバーの見直しから始めて、取締役会での審議項目や運営基準、三委員会の構成と機能等々、形は委員会等設置会社を変更せずに、機能と責任の明確化を図る長期に渡る努力が始まった。2010年当時の取締役会メンバーは12名で社外取締役5名の内経営トップ経験者が3名、官僚出身者1名(女性)、弁護士1名の構成。社内取締役は7名で会長、社長、副社長(財務担当)とグループ会社含む経営経験者であった。構成上、社外取締役が比較的多く、皆さん企業経営上の見識が高い方々ばかりではあるが、雰囲気はお仲間内で経営の根幹に関わる突っ込んだ議論はなされても対立は無かった。日立のような広い事業範囲を有する企業で国内の他社経営トップ経験者に社外取締役をお願いする際、これまで取引が無いことは殆ど無く、厳密な意味で独立性を担保出来ることは稀である。この枠組みを変えることが第一の課題との認識の下、敢えて海外のグローバル企業をリードした経営者を主条件に人材紹介事業者に依頼し人選を開始した。グローバル企業のCEO経験者となると候補者が多数いる訳ではなく、こちらが選考するというより候補者に日立の事業内容に興味を持ってもらい、その上でIndependent board director受諾の返事をもらうべく社長が直接面談する手順となった。現在の構成は社外取締役10名、内外国人6名、社内取締役3名の計13名となっている。現在でも社外取締役人材の状況は変わらず重要なので毎年一、二名の候補との接触を継続している。海外のグローバル企業経営を経験した社外取締役が参加するようになってからの取締役会の雰囲気は大きく変わった。経営状況の実質的な課題を率直に問い質す質問が次々出てくるようになり、議題の説明者である執行役はしばしば答弁に苦戦することにもなっている。事業の本質的課題の問いに対して、事業詳細の説明に終始するような場合は後で私宛にメールが届き「彼に任せておいて大丈夫か?」と問われることもある。重要なポイントは社外取締役の人数の問題より、どのような人にお願いできるかである。

指名委員会の重要性

このような活発化した取締役会の運営が始まると次の課題は三委員会のメンバーと機能となった。第一に監査委員会の機能が事業運営のあり方を見ていくべきとの観点で委員を拡充すると共に内部監査組織との連携、分担を含めて監査委員会支援スタッフの充実を図った。第二に報酬委員会、指名委員会を含めて委員会委員長は全て社外取締役にお願いし、審議の透明性を上げていくよう努めている。第三に取締役会の最大の責務は次のCEOの選任であるとの観点で指名委員会の機能を大きく変更した。

日立製作所において、従来、社長人事は現職の会長、社長の専権事項であった。勿論、最終決定は取締役会の審議決定事項であるが、トップ交代時や選考過程について指名委員会で深く議論することはなかった。本件は取締役会にて、特に外国人の社外取締役から一番大事な責務を果たせないとの強いクレームを受けることとなり、CEO選任を中心に選考過程の議論を活発に行うこととなった。社長を中心に人事部門が次のCEO候補を選任し、指名委員会にて候補者の評価を目的とした面談をするだけでなく、指名委員会委員が各々候補者のメンター役も務めることを制度化している。

この過程の中で、弊社の経営人材育成上の課題を強く意識するようになった。弊社は技術と製品に強いこだわりのある企業文化であり、人材育成の場は工場にあった。新入社員は多くが工場に配属され、開発、設計、製造、品質保証、顧客先での製品の立ち上げ等の工場の業務の全過程を通じて売上と収益を上げることで仕事を覚え、リーダーとして育成されていく。中から優秀者を選抜し経営リーダーにしていく仕組みであり、私自身も大みか工場に入社し、技術者、その後工場経営まで25年間勤務した。こうした育成プロセスでは操業、オペレーションの力は鍛えられるが、変化の激しい経営環境の中で市場の捉え方や経営の方向付け、幅広い社内外の人脈形成等の経営力は鍛えられない。将来の経営リーダーになるべき人材は出来るだけ早期に選抜し、トップリーダーを目指す心構えを前提に、市場との対話、トップリーダーとメンターによる指導を通じて育成していくプロセスが不可欠だとの認識の下、次世代と次々世代の人材プールを作り社外取締役との対話を実施している。特に最近はグローバル企業とのM&Aが増加し、外国人従業員が過半数を超えた。その中から優秀人材を見出し経営リーダーとして育成していくことは経営人材の充実と外国人従業員の動機付けの両面で重要なことと考えている。

以上のような取締役会の改革を通じて、最初の問題認識である経営危機の回避やグローバルな市場で成長を果たす事業展開に取締役会がどれだけ貢献できているかは大きな宿題である。私自身は着実に進歩しているとの実感を持っているが、事業環境の絶え間ない変化の中で常により良いCorporate Governanceを目指す努力の継続が必須だと考えている。

中西宏明氏

中西宏明Hiroaki Nakanishi
(株)日立製作所 取締役会長 執行役、(一社)日本経済団体連合会会長
1970年日立製作所入社。大みか工場にて電子計算機と制御システムの開発に従事。1998年Hitachi Europe Ltd.社長(在ロンドン)。2000年に帰国し、情報・通信グループ統括本部 副本部長に就任。2003年執行役常務。2004年執行役専務。2005年にHitachi Global Storage Technologies Ltd.会長兼CEOとしてサンノゼ勤務。2009年に帰国後、執行役副社長として、日立の経営改革を推進。2010年取締役 執行役社長。2014年取締役 執行役会長兼CEO。2018年(一社)日本経済団体連合会会長に就任。