2025年8月15日
熊谷五郎(公益社団法人 日本証券アナリスト協会 企業会計部長、東京大学金融教育研究センター 招聘研究員)
DDMとは、株式価値評価の最も基本的なモデルである「Dividend Discount Model (配当割引モデル)」の略称である。株式であれ、債券であれ、その価値評価とは、当該金融商品から得られる、将来キャッシュフローの割引現在価値を推定することにほかならない。債券の場合は将来の利払いと元本償還について、支払い額と時期が決まっている。それぞれのタイミングで支払われる利息、元利合計額(満期時)の割引現在価値を計算し、その合計額を求めればよい。
株式の場合は、債券の利息に相当するのが配当である。しかし債券の将来キャッシュフローが確定しているのに対して、株式の場合、配当も将来の株価も確定していない点が異なる。各期に支払われる一株当たり配当額をDtとして、10年後に配当D₁₀を受け取りその時点での株価P₁₀で売却するとしよう。割引率(株主資本コスト)をrとすると、現在の株価P₀は、
となる。債券であれ株式であれ、将来キャッシュフローを予想して、それを一定の割引率で割り引き、その合計が現時点における理論価格になるという構造は全く同じである。株式価値評価式を一般化すると、
と書ける。①式が「DDM」と呼ばれる、理論株価計算のためのモデルである。また1期目の配当D₁が一定の成長率gで成長すると、①式は、
と非常にシンプルな形になる。②式を「定率成長DDM」と呼ぶ。①式のままであると、各期の配当を、無限に予想しなければならず、あまり実用的ではない。しかし、実務上は、①式と②式を組み合わせる事で、妥当株価を計算することができる。
また、外部資金調達のない場合の株主資本成長率を「内部成長率」と呼ぶが、配当性向をdとすると内部成長率gは、
となる。③式で1−dは、「内部留保率」である。内部成長率は、内部留保率にROEを掛けた値が、翌期の株主資本成長率となることを示している。DDMでは、予想期間中は、配当成長率が内部成長率と等しいとみなし、最終的には一定水準に収束し、その後は永久に続くと仮定する。この最終的な成長率を「永久成長率」と呼ぶ。
このように、DDMによる妥当株価算定にあたっては「r(資本コスト)」と、配当成長率の決定要因である「ROE(資本生産性)」が、重要な株価決定要因となっている。投資家が、資本コストや資本生産性を問題にするのは、それが株価や企業価値に大きな影響を与えるからである。
経営者や社外取締役が、株価や企業価値評価モデルについて理解する事は、相手の手の内を知ることでもある。その中身を理解することで、機関投資家との対話をより建設的で実りあるものとして頂ければ幸いである。
熊谷五郎
公益社団法人日本証券アナリスト協会 企業会計部長
東京大学金融教育研究センター 招聘研究員