日本も財政検証機関の設立を

2022年9月15日

井伊重之(産経新聞論説副委員長、経済ジャーナリスト)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.10 - 2022年8月号 掲載 ]

与野党に責任ある公約を
求める契機に

政府の「経済財政運営と改革の方針2022」(骨太の方針)が閣議決定され、これまで政府が掲げてきた「25年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)の黒字化を目指す」という財政健全化の目標年次が姿を消した。政府は「財政健全化目標の旗は降ろしていない」と強調するが、目標年次が盛り込まれなかったのは大きな後退だ。

自民党の積極財政派と財政健全派が対立し、激しい攻防の末、目標年次は明記しないことで妥協したという。ただ、以前から25年度にPBを黒字化する健全化目標は達成が困難視されており、目標年次の見直しは必至だった。これを契機に新たな目標年次の策定に向けて議論を早く始めるべきだ。

PBの黒字化がたとえ達成されても、国が抱える長期債務が目に見えて減るわけではない。あくまでも過去の借金の利払いに充てる国債費を除き、その年度の歳入と歳出が均衡するだけだ。国債発行という新たな借金はなくなるが、1000兆円を超える国債発行残高の削減が一気に進むわけではない。いわば財政健全化に向けた第一歩という位置づけに過ぎない。それだけでも政府・自民党をあげた大騒ぎに発展するのだから、やはり財政健全化の道は本当に険しいと思わざるを得ない。

財務省に調べてもらったところ、過去2年半にわたる新型コロナウイルス関連の財政支出は、総額で200兆円にのぼるという。国民1人あたり10万円を支給した特別定額給付金のほか、不正受給が相次いで発覚した持続化給付金や家賃支援給付金、医療機関向けの支援などで歳出は一気に膨らんだ。ワクチン接種も無料で実施されており、これも全額国庫負担だ。そして地方自治体にはワクチン接種体制を確保するため、多額の補助金が配られた。

東日本大震災に伴う復旧費用は、福島第1原発事故の賠償費用などを除いて総額で32兆円だった。政府は所得税に特別所得税を上乗せ徴収し、これを20年かけて返済している。コロナ関連費用は今現在でも200兆円で、最終的にどこまで膨らむかは不明だ。世界各国ともコロナ関連費用は拡大したが、その返済に向けて法人税の増税などが始まりつつある。そこで日本だけがコロナ関連費用の返済を考えないで済むはずがないのは自明だ。そうした当たり前の議論すら避けようとする風潮こそ憂慮すべきである。

今回のコロナ関連費用のなかで突出しているのは予備費である。政府は「コロナ予備費」として、この2年半で総額20兆円近くの予算を計上している。国会審議を経ずに政府の裁量で使い道を決められる予備費は、国会審議を前提とする予算編成ルールの例外だ。新型コロナ禍に機動的に対応するのが目的とはいえ、20兆円近くの財政資金が国会のチェックを経ず、国に白紙委任されて使われる実態は異様といえる。

今回の予備費の最大の問題は、その使途を明確に追跡できない点にある。政府は国会の求めに応じて12兆円の予備費の使途を報告したが、そこで全容が示されているわけではない。持続化給付金や家賃支援給付金などは金額と使途が明確なため、一般会計予算で計上される。これに対し、予備費はあらかじめ予測できない事態に対応するのが目的だ。もともとその使途は明確とはいえないが、自治体向けの医療支援などは地方創生臨時交付金から支出され、その原資も予備費から払われた。政府はもっと予備費の使途を明確に公開し、国会のチェックを受けるべきだろう。

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自民党の勝利に終わった先の参院選で、野党は再び消費税減税を公約に掲げた。世界的なエネルギー価格の高騰に加え、円安による原材料価格の上昇で食料品や日用品などの値上げが急速に進んでおり、減税を通じて物価高による家計負担の軽減を目指した。ただ、消費税を一度減税すれば、再び元の税率に戻す際には大きな負担感を伴うのは確実だ。また、消費税は少子高齢化で拡大する社会保障費の財源を確保する目的税でもある。安定財源の役割を果たせなくなってしまう恐れはないのか。

そうした消費税減税をめぐる論戦は、ここ数年の国政選挙で何度も繰り返されてきた。減税を唱える野党に対し、与党は減税に一貫して反対している。両者の主張は平行線をたどっているが、そこで提案したいのが政府から独立した財政検証機関(IFI)の設置である。欧州各国では大規模な財政支出が続いたリーマン・ショック後にIFIが相次いで設立され、その支出のあり方が検証された。最近では新型コロナ対策を含めた政府の財政支出をめぐり、その政策効果などを検証する動きが広がっている。日本でも会計検査院が支出の使途や使われ方などを調査しているが、あくまでも定められた使途に適しているかを事後的に調べるものだ。欧州のIFIは、政策の検討段階からその政策効果を検証するなど、幅広く活用されている場合が多い。

なかでも有名なのがオランダ経済政策分析局(CPB)だろう。CPBは財務省の付属機関との位置づけだが、政治的に強い独立が認められており、独自に経済成長や財政収支の見通しを公表している。政府はこのCPBの予測をもとに予算を編成し、各種の政策もCPBの評価を受ける仕組みだ。そして特徴的なのは、CPBは政党の政策に対する評価も行っている。多党制のオランダでは多くの政党が国政選挙前に公約を公表するが、CPBはその公約を中立的に評価し、それが新聞に大きく掲載されることで有権者の判断材料になっている。このため、オランダではCPBの評価が低い政策について、政党側が独自に見直すこともあるという。

日本でもこうした独立した財政検証機関が創設されれば、消費税減税によるさまざまな影響を多面的に評価・分析することで論争に決着がつけられるはずだ。そして与党を含めて各党のバラマキ政策に関しても客観的に評価され、その費用対効果に応じて建設的な見直しなども期待できる。有権者に耳あたりのよい政策ばかりが並ぶ選挙公約から脱する機会にもなるだろう。

井伊重之Shigeyuki Ii
産経新聞論説副委員長、経済ジャーナリスト
コーポレートガバナンスに関する論考多数。政府の審議会委員なども歴任。

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