コーポレートガバナンス改革の今後の動向

2020年7月10日

油布志行(金融庁審議官(開示、企業統治等担当))

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」2020年4月号 掲載 ]

行き過ぎた「株主至上主義」の修正を図る米英と、ガバナンス改革を進める日本の動きとは整合的:理想のバランスは両者の中間に

筆者は、2014年から2015年にかけて日本版スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの策定に従事し、我が国の企業統治改革の本格化に携わる幸運に恵まれた。それから4年を経て、昨夏、再び金融庁で両コードを担当する立場となったが、改めて当時を振り返ってみると、この間、ある程度予想されていた変化と、完全に予想を超えた変化の二つが現実のものとなった、との印象を持つ。

まず、ある程度予想されていた変化とは、米英における株主至上主義の反省である。昨年8月、米国のビジネスラウンドテーブルが株主至上主義の見直しを宣言したことは確かに画期的であったが、こうした動きは何も突然に生じたものではない。Johnson & Johnson社の有名な「Our Credo(我が信条)」は、株主に対する責任よりも顧客、社員、コミュニティへの責任を優先する精神をうたったものとして既に高く評価されていたし、世界最大の資産運用会社(BlackRock)が毎年、大手企業宛てに出す手紙では、すでに2014年版から従業員への投資の重要性が指摘されていた。こうした動きは、米英において、過剰なまでに進行した株主至上主義を本来あるべき地点に引き戻そうとする修正として理解されよう。

翻って、我が国においては、これまで企業は株主をどう扱ってきただろうか。「株主軽視」と断言するには異論もあろう。業績不振の折にも安定配当を維持するなど、株主にはちゃんと敬意を払ってきた、と思っている企業は多い。ただしそれは、本当の意味での敬意というより、むしろ「敬して遠ざける」ではなかっただろうか。日本企業は、たとえば企業統治の仕組みや経営の方向性などを株主と議論することについては、今でも総じて消極的である。それは、「株主軽視」ではないかもしれないが、いってみれば「株主軽(敬)視」とでも表現すべき姿勢である。いずれにせよ、米英のように、株主至上主義の行き過ぎを正さなければならない状況にあるとは思えない。

さらに言えば、2015年に策定された我が国のコーポレートガバナンス・コードは、株主至上主義とは一線を画すOECD原則をモデルとして設計されたものである。それは、「株主以外のステークホルダーとの協調」に丸ごと一つの章を充てて、その重要性を繰り返し強調するなど、現時点でも世界最先端のマルチ・ステークホルダー型のコードである。

従って、昨今の米英の動きをとらえて、「アングロサクソンでさえ株主至上主義は誤りだったと認めたのだから、我が国はガバナンス改革などやめるべきだ」と考えるのは早計であろう。株主を含む多様なステークホルダーを大切にする「あるべきガバナンス像」は、米英の企業と日本企業との間のどこかに存在しており、現在、両者はそれぞれ右端と左端から、その理想像を追って模索を続けている、と捉えるべきである。(図参照)

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気候変動問題や社会的課題などの解決を重視する流れは、予想もしなかったスピードで加速。

一方、筆者が4年前には予想もしなかったスピードで生じた変化もある。それは気候変動問題や社会的課題などを含むESG、SDGs、サステナビリティに関する課題(以下、サステナビリティ課題という)の重視である。

もはや具体例を挙げる必要すらないかもしれないが、例えば、本年のダボス会議の主要テーマは、そのほとんどがサステナビリティ課題で占められたと聞く。欧州の金融・証券当局を筆頭に、各国政府当局の動きも加速している。トランプ政権下の米国においては、現時点ではこうした分野での金融・証券当局の動きは目立たないようだが、そうしたなかでも、昨秋、国連責任投資原則(PRI)の国際カンファレンスの席上、米国SECのある現職の委員は、「政権交代があればSECとしてはすぐにでもサステナビリティ開示の義務化に向けた検討に着手するだろう」との観測を述べて会場を驚かせた。

機関投資家に対する規律である日本版スチュワードシップ・コードは策定から6年が経過し、本稿の執筆時点(3月初旬)で2度目の改訂作業が大詰めを迎えているところである。昨年末にパブリックコメントに付した改訂案では、サステナビリティ課題の重要性が著しく増大したことを踏まえ、複数の修正が提案されている。その中で最も重要なのは、「スチュワードシップ責任」の定義そのものの変更である。

改訂案では、次に記す定義に新たに太字部分をつけ加えることとし、「スチュワードシップ責任とは、機関投資家が、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解のほか運用戦略に応じたサステナビリティの考慮に基づく建設的な『目的をもった対話』などを通じて、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、『顧客・受益者』の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を意味する。」と修正することを提案している。

こうした修正案は本稿執筆時点では未確定であるが、いずれにせよ、日本版スチュワードシップ・コードが策定された当時、わずか6年のうちにスチュワードシップの定義自体を変更することになると予想した関係者は皆無だったと思う。

来年は、コーポレートガバナンス・コードが策定されてから6年目に当たる。二つのコードは、企業統治改革を進める「車の両輪」と評されることも多いが、今回のスチュワードシップ・コードの改訂も踏まえて、今度はコーポレートガバナンス・コードとして、サステナビリティ課題にどう向き合っていくべきなのかが問われることとなろう。

油布志行

油布志行Motoyuki Yufu
金融庁審議官(開示、企業統治等担当)
1989年大蔵省入省。2004年より経済協力開発機構(OECD)に派遣され、企業統治関連の国際プロジェクトを担当。2014年より金融庁において、日本版スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの策定に従事。2019年より審議官として再び両コードを担当(現職)。