トランプ2.0、日本への余波

2025年5月15日

中林美恵子(早稲田大学 教授、グローバルビジネス学会 会長、TOPPANホールディングス株式会社 社外取締役、東京財団理事長)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.18 - 2025年4月号 掲載 ]

はじめに

ドナルド・トランプ大統領の再選以来、アメリカの動向は毎日というペースで世界中の注目を集めている。彼の政権運営は、単なる話題性にとどまらず、各国の政治・経済・産業へ広範な影響を及ぼす。「アメリカ第一主義」の名のもとに推進される保護主義的経済政策や同盟国への対応の変化、そして関税による圧力は、日本企業にとっても大きな課題である。トランプ政権のミッションの中には、既存の秩序を壊すこと、そして大胆な改革を求めるアメリカ国民の声が根底に存在することを忘れてはならない。世界での急激な変化が続くなか、日本の産業界には冷静な判断と柔軟な対応が求められる。

第2次トランプ政権の主要経済政策

トランプ政権は政府の効率化と規制緩和を掲げ、「政府効率化省(DOGE)」を設置し、大規模な行政改革を推進している。特に環境・金融規制の緩和が進められ、企業の負担軽減と経済成長の加速が期待される。一方、この急進的な政策には、環境団体や民主党が強い州の強い反発があり、いくつかの大統領令は裁判所の判断によって停止されたものもある。今後は上下両院における予算編成との兼ね合いもあり、大統領令に関連する予算確保や連邦議員らとの折衝も課題となりそうだ。

第1次トランプ政権の減税政策延長に加え、法人税率の引き下げについても、21%から15%への減税が検討されており、米国内への投資促進を図る狙いがある。この施策が連邦議会によって立法できれば、日本企業の米国市場進出や現地法人の強化が進む可能性がある。しかし一方で、税収減による財政赤字の悪化や、州ごとの税制変更による影響も無視はできない。日本企業も慎重に見極める必要がありそうだ。

外交政策では、中国への強硬姿勢がより明確になりつつある。中国がトランプ関税に対して譲歩の姿勢をみせない限りは、特に半導体やハイテク分野において、中国への技術輸出規制が強まったり、米中間の経済摩擦がさらに激化したりすることが予想される。そうなると日本企業もサプライチェーンの再編を急がねばならず、東南アジアへの生産拠点移転や新たな貿易ルートの確保が急がれる場合も生じるだろう。

世界秩序の変化

トランプ政権はウクライナ戦争の早期終結を目指し、ロシアのプーチン大統領との交渉を重ねている(2月の執筆時点)。一方で、ウクライナ政府が求めるNATO加盟には否定的な立場を鮮明にし、フランスやドイツをはじめとする欧州主要国との関係が冷え込む傾向も心配されている。さらに、米露間の交渉次第では、ウクライナ東部の一部地域をロシアの影響下に置く可能性が取り沙汰されており、これまでの自由民主主義の理念や法の支配、そしてアメリカのリーダーシップの質に大きな揺らぎが生じてきた。トランプ大統領は、アメリカの防衛費の削減のためには、ロシアや中国と何らかの"ビッグ・ディール"に臨むのではないかという推察さえ存在する。

米国のウクライナ支援は、バイデン政権から様変わりしつつある。ウクライナの安全保障は、基本的に欧州の問題であり、アメリカが負うものではないとし、ウクライナのNATO加盟に対してもトランプ大統領は反対である。そしてトランプ氏の関心は、戦後の復興に関与する経済戦略に向かってさえいる。特に、ウクライナの鉱物資源であるレア・アースやリチウム鉱床の確保をめぐり、米国企業が主導する採掘プロジェクトについて、ゼレンスキー大統領との首脳会談が行われたが口論に発展したのは2月28日のことだった。重要鉱物においては、中国への依存を減らすという意図が米国にあるとされ、資源やエネルギーに関する交渉はその後も続いている。

安全保障面では、トランプ氏が既にNATO加盟国に対しGDP比5%の防衛費支出が必要と発言している。おそらく今後、日本を含む同盟国に防衛費負担の増額や、特定地域における戦略的拠点の費用負担強化を求めてくる可能性が高い。南シナ海や台湾問題を巡る中国との軍事的緊張が高まるなか、日本は軍事的プレゼンスの増強が必要になると同時に、中国との関係悪化が経済へ及ぼす影響にも慎重な対応が求められる。

通商政策の変化

トランプ政権は貿易赤字の削減と国内産業の保護を掲げ、関税政策の強化を正当化し、時には不法移民や合成麻薬などの問題で他国に圧力をかけるカードとして関税を用いる。

さらに今後は、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の見直しが進み、原産地規則の厳格化が予想される。これにより、メキシコの工場を経由して米国市場に参入していた日本企業は、大幅なコスト増に直面する可能性がある。特に、自動車部品メーカーは、部品調達ルートの変更を迫られ、現地生産比率を引き上げねばならない可能性も出てくる。

1月にトランプ大統領は、財務長官、商務長官、USTR(通商代表部)代表への就任予定者らに通商政策の精査を指示していた。その結果を受けて、大統領が4月2日に関税政策の全体像を発表する予定だ(2月の執筆時点)。今は閣僚らの取りまとめ作業が続いていると(筆者の友人スコット・ベッセント財務長官やその周辺の元同僚たちから)聞いており、調整は困難を極めている。現状では日本の主要輸出産業に対して追加関税が課される懸念も捨てきれず、もしそうなればサプライチェーンの混乱にもつながる。

この影響を予測し、日本企業は米国内での生産拡大に舵を切り、既に年間数十億ドル規模の米国投資が見込まれているという。これは2月7日に行われた日米首脳会談で、石破茂首相が日本からアメリカへの投資額を1兆ドル(約150兆円)に引き上げる意向を表明したことと軌を一にする。

おわりに

2025年に入り、世界はかつてないほどの激動を迎えている。トランプ政権の政策がもたらす影響は、日本企業にとっても計り知れず、貿易、投資、安全保障のすべての分野において再考を迫られる状況だ。デジタル化の進展も見逃せず、AIやビッグデータの活用が競争力を左右する時代となった。

企業戦略は今や単なる適応ではなく、この変化をどう好機へと転換するかが、鍵を握ることになる。そんな時だからこそ、目先の利益を追うだけでなく、変化を予測し、長期的なビジョンをもつことが肝要となる。取締役会の役割も単なるガバナンス強化にとどまらず、より実効性のある意思決定の場へと進化しなければならないだろう。リーダーシップのあり方も変化しており、迅速で果敢な判断が求められる。

世界経済が不確実性に満ちた今こそ、日本企業は柔軟かつ戦略的な行動をとらねばならない。トランプ政権の影響を冷静に分析し、受け身の対応にとどまらず、新たな機会を模索する姿勢こそが、次の成功へとつながることになろう。

中林美恵子 Mieko Nakabayashi
早稲田大学 教授、グローバルビジネス学会 会長、TOPPANホールディングス株式会社 社外取締役、東京財団理事長
学位は大阪大学博士(国際公共政策)、米国ワシントン州立大学修士(政治学)。1992年米国永住権取得後、連邦議会上院予算委員会に10年勤務。在米14年を経て帰国。大学教員、財務省財政制度等審議会をはじめ多くの政府審議員、衆院議員(2009年~2012年)などを経て現職。著書に『アメリカの今を知れば、日本と世界が見える』東京書籍(2025)など多数。

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