なぜ「コーポレートガバナンス」なのか

2021年5月13日

手塚正彦(日本公認会計士協会 会長)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.6 - 2021年4月号 掲載 ]

コーポレートガバナンス・コード(以下「CGC」という。)が導入されて以来5年余りが経過し、2度目の改訂を迎えている。本稿では、なぜコーポレートガバナンスの充実が必要なのかについて、私の体験も踏まえて述べることとする。

コーポレートガバナンス改革の必然

2014年8月に公表された「伊藤レポート」の最終報告は、日本の上場企業の多くが、バブル崩壊後20年以上にわたる「持続的な低収益」に陥っていたことを指摘し、欧米企業とは異なる日本型の短期主義経営が持続的な低収益性をもたらしているとの仮説を示した。すなわち、日本企業の特長としてしばしば語られる、「継続的なR&D投資、設備投資重視、長期的な雇用慣行や人材育成等を行う長期的な視点に立った経営」に疑念を呈したのである。私は、この仮説に納得感を覚える。長年、公認会計士として多様な業種の多数の上場企業グループと関わる中で、単年度の利益確保のために、長期的な観点からは必須のR&D、設備投資及び人材投資を削減又は延期するという事例をしばしば目にしてきたからだ。バブル崩壊とデフレの長期化の痛みが、経営理念の中に確かに存在する長期的な視点を、経営の日常から奪ってしまったように見えた。

時を同じくして、グローバル化の急速な進展とICTの技術革新が、日本企業の優位性を脅かした。東証市場第1部の時価総額は、1989年12月末に590兆円に上ったが、バブル崩壊後は低迷を続け、伊藤レポートが公表された2014年8月末には455兆円に沈み、人口減少と高齢化の加速が確実な日本の将来の大きな不安要素であった。この危機的な状況を脱するには、企業の競争力を回復させ、資本市場を再生して国民の富の増加を実現することが必須だった。伊藤レポートは、日本企業の経営を開かれたものにすることが必要であるとの考えに立ち、「投資家と企業の建設的対話の促進」のためのCGCの必要性を訴えた。この主張は2015年のCGCの制定に帰結する。

コーポレートガバナンスの要諦

次に、コーポレートガバナンスの要諦について、私自身が2005年から2007年にかけて理事として経営に携わった中央青山監査法人(以下「中央青山」という。)での経験を踏まえて、自省も込めて取りまとめることとする。2005年のカネボウ事件発覚までの中央青山は、古い日本的な体質を色濃く残した組織だった。読者の皆様の参考になるだろうか。

(1) 多様性と開かれた組織文化

中央青山は、カネボウの粉飾決算事件をきっかけとして、経営危機に陥り、2007年7月に解散した。解散の直接の契機はカネボウ事件であるが、その前にも、監査実施上の問題により、監督官庁から相次いで行政処分を受けていた。2006年の業務停止期間終了後にも、監査先における重大な不適切会計が発覚したため、解散の決定を余儀なくされた。

このような重大な問題が相次いで生じた最大の要因は、閉鎖的な組織文化だったと思う。1968年に、志を同じくする個人事務所を経営する公認会計士が集まって監査法人中央会計事務所として設立された中央青山は、各々の事務所の流れを汲む部門が長年にわたり独立採算経営をしていた。法人全体として同質性が高い組織であるとともに、法人内の部門が、いわゆる「サイロ」を形成していた。また、金融ビッグバンが本格化する2000年頃までは、監督官庁や顧客企業以外のステークホルダーとの接点も極めて少なかった。このような同質的で閉鎖的な組織文化が、現実を直視する目を曇らせ、重大な問題が続発しても実効性ある改革ができなかった。カネボウ事件発覚後に抜本的改革に取り組んだが既に遅かった。実効性あるコーポレートガバナンスには、何にも増して多様性と開かれた組織文化が不可欠であることを痛感している。

(2) 情報共有と説明責任
同質的で閉鎖的な組織は健全な危機感を持つことが難しい。このような組織が急速に大きくなると、重要な情報が限られた経営層に留められ、他のパートナーや職員に対して共有されなくなる。情報共有が不十分なため、経営の説明責任も十分に果たされない。一方で、経営層以外のパートナーの多くも健全な危機感を持ちにくく、情報共有も十分になされないのであれば、経営層に対して強く異議を唱えることもない。悪循環である。カネボウ事件の前にも、行政処分を契機として経営を抜本的に改革するチャンスはあったが、情報共有と説明責任が徹底されずそれを生かせなかったのである。

(3) 外部の目の活用

当時の監督機関である評議員会は、構成員である評議員は内部者のみであり、その役割も明確にされていなかった。カネボウ事件を契機にガバナンスの在り方を再検討し、執行理事の専任化と評議員会の役割の明確化を進めた。また、外部有識者によるアドバイザリーボードを設置した。法人外の視点からのアドバイスは新鮮で有意義だった。余談であるが、経営監督機能における外部の目の活用は、東芝事件を契機として2017年に策定された「監査法人のガバナンスコード」にも明記された。

上場会社も、経営陣が定期的に時間を確保して客観的に経営全般を見つめ直すべきだと思う。その際には、判断の客観性と公正性を保つために外部の目を活用すべきだ。ここに、独立社外取締役を含む取締役会の意義がある。加えて、十分な時間の確保も必要である。月例の取締役会だけでは時間が十分ではないこともあろう。その場合には、社外役員も参加する役員合宿を開き、経営の主要課題について徹底的に議論しておくと、執行と監督の役割が明確になり双方の有効性が高まる。

(4) 経営の仕組みの整備
中央青山では、基幹システムが統一されておらず、システム間のインターフェースも不十分で、損益管理や契約Job管理等の重要な経営情報が適時に入手できなかった。加えて、維持コストは膨大で経営を圧迫した。ICT基盤、経営のKPI、経営ダッシュボード等の経営の仕組みの整備は、今後、親会社単独のみならず、企業グループレベルで必須であり、それなくして経営執行の適切な舵取りは難しく、ましてや、社外役員が経営全般を理解してその職責を十分果たすことも難しかろう。実行は簡単ではないが、日本企業の取組に期待する。

結び

CGCは我が国の上場企業に浸透し、上場企業のガバナンス体制の整備は確実に進んだ。我が国の上場企業がさらにガバナンスを磨き、その潜在能力を余すところなく発揮して、経済の健全な発展と国民の幸せの実現に貢献し続けてくれることを心から期待している。

手塚正彦氏

手塚正彦Masahiko Tezuka
日本公認会計士協会 会長
1986年に公認会計士試験合格、監査法人中央会計事務所入所。2002年中央青山監査法人代表社員。2005年同法人理事就任、2006年同法人理事長代行就任。2007年10月監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ)社員、経営会議メンバー。2009年IFRSアドバイザリーグループリーダー。2013年執行役インダストリーリーダー、統合報告アドバイサリーリーダー。2016年日本公認会計士協会常務理事。2019年6月に監査法人を退職し、同年7月から現職。