金融庁は、これまで、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向け、東京証券取引所等とも連携してコーポレートガバナンス改革に継続して取り組んできました。2024年6月には、企業と投資家の建設的な対話や自律的な意識改革の促進を主眼としたアクション・プログラム2024を公表しました。(1) 以下では、アクション・プログラム2024を踏まえた施策の取組状況を紹介致します。
スチュワードシップ活動を実質化し、エンゲージメントを一層実効的なものとする観点から、2024年10月より「スチュワードシップ・コードに関する有識者会議」において、建設的な目的をもった対話に資する協働エンゲージメントの促進や実質株主の透明性向上に向けて、スチュワードシップ・コードの見直しが議論されています。
コード改訂案では、まず、実質株主の透明性向上については、企業と機関投資家の信頼関係の醸成を促進するとともに、企業から機関投資家に対話を申し入れることを容易にする観点から、機関投資家は「投資先企業からの求めに応じて、自らがどの程度投資先企業の株式を保有しているかについて企業に対して説明すべきであり、投資先企業から求めがあった場合の対応方針についてあらかじめ公表すべきである」旨が記載されています。
また、協働エンゲージメントについては、「機関投資家が投資先企業との間で対話を行うに当たっては、単独でこうした対話を行うほか、他の機関投資家と協働して対話を行うこと(協働エンゲージメント)も重要な選択肢である」旨が記載されています。
近年、有価証券報告書においては、役員報酬、政策保有株式、取締役会等の活動状況といった企業におけるガバナンス情報や、経営戦略、MD&A、リスク情報といった記述情報など、投資判断に必要な情報の充実が図られてきており、足下では、サステナビリティ開示基準に基づく開示及び保証の導入も検討されています。
このような記載事項の充実により、投資家の意思決定のための有価証券報告書の重要性は増しています。他方で、定時株主総会後に有価証券報告書を開示するという我が国の運用は諸外国においてはみられず、企業開示の質と適時性を高める観点から、海外機関投資家からの総会前開示を求める声が強くなっています。
情報開示を充実する企業努力が、総会前開示が行われていないことを理由に適正に評価されていないことは望ましい状況とはいえないと考えられ、我が国の運用をグローバルな水準に揃えていく必要があることなどを踏まえ、2024年12月に「有価証券報告書の定時株主総会前の開示に向けた環境整備に関する連絡協議会」を立ち上げました。(2)
なお、総会前に有価証券報告書を開示することは現行法制下でも可能ですが、現状、取り組んでいる企業は少数であるため、今後、実施に当たっての課題や具体的な施策について実務的な検討を進めてまいります。
政策保有株式については、経済合理性が十分に検証されないまま保有が継続され、適切な議決権行使や建設的な対話が行われないことにより、保有する企業の資本が効率的に運用されていないのではないか、保有される企業のガバナンスに歪みを生じさせているのではないかといった課題が指摘されています。金融庁では、これまで有価証券報告書における情報開示の拡充や、コーポレートガバナンス・コードでの要請、「記述情報の開示の好事例集」等を通じて、政策保有株式に係る情報開示に関し、企業に対し必要な取組を促してきました。
こうした中、有価証券報告書の記載内容の適正性を確保するための審査の枠組みである「有価証券報告書レビュー」について、2023年度では、「株式の保有状況」の開示のうち、いわゆる政策保有目的から純投資目的に保有目的を変更した株式の開示状況を検証したところ、実質的に政策保有株式を継続保有していることと差異がない状態になっているとの課題が識別されました。
これらを踏まえ、企業に適切な開示を促す観点から企業内容等の開示に関する内閣府令を改正し、2025年3月期の有価証券報告書から適用を開始しております。(3)
なお、政策保有株式は一律に否定されるものではなく、たとえば、シナジー効果が見込まれるスタートアップ企業との協業を目的とした株式を継続的に保有することは、当該株式を保有する企業の企業価値の向上に加え、当該スタートアップ企業の育成にも寄与し得る点で意義がある場合も想定されます。こうした保有方針等を開示している事例も「記述情報の開示の好事例集」において取り上げています。
日本にスチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードが策定されてから10年が経ちました。策定のための有識者会議において、OECDのイサクソン課長(当時)は、「我々にとってコーポレートガバナンスの政策とは、企業が資本にアクセスできるように、また、資本が最適な形で活用されるよう資本市場において適切な資本分配が行われるように、そして、市場や経営者がこれらの資本を個々の企業の生産性向上や成長に向けて活用できるよう、できる限り最良な条件を作り上げていくことなのです。」と述べました。その上で、「国、地域を問わず、実際の成果を得ることは可能なのです。(中略)できませんでは済まされないということです。」という強いメッセージを残していきました。
これまで、日本取締役協会をはじめ関係者の皆様の不断の取組を経て、アジア企業統治協会(ACGA)のランキングでもオーストラリアに次いで2位となるなど、日本のコーポレートガバナンスの取組は国際的にも高い評価が得られるようになりました。イサクソン課長の強いメッセージは今でも脳裏に焼き付いています。金融庁としては、プリンシプル・ベース(原則主義)かつコンプライ・オア・エクスプレインという原点を常に立ち返りながら、今後とも関係者の皆様の幅広いご意見を伺いながら、コーポレートガバナンス改革に関連する取組みを進めてまいります。
NOTE
野崎彰 Akira Nozaki
金融庁 企画市場局 企業開示課長
2000年金融(監督)庁入庁。2011年より4年間、経済協力開発機構(OECD)シニア・ポリシーアナリストとしてコーポレートガバナンスを担当。2017年金融庁 総務企画局 政策課総括企画官。2018年金融庁 企画市場局 企業開示課 開示業務室長。2020年金融庁 総合政策局 秘書課組織戦略監理官兼総合政策局総合政策課フィンテック室長兼研究開発室長。2021年内閣官房参事官兼デジタル庁参事官。2023年7月より現職。