多様性がもたらす企業価値向上

2026年2月10日

杉原規之(アセットマネジメントOne 取締役社長)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.20 - 2025年12月号 掲載 ]

我が国のコーポレートガバナンス改革は、主に機関投資家との対話促進と企業価値向上を目的として段階的に進められてきた。まず法令改正による形式的な制度整備から始まり、その後、2014年に日本版スチュワードシップ・コード、翌年にコーポレートガバナンス・コードが策定され、より実質的な対話と意識改革を促す方向へとシフトしてきた。両コードが制定されて約10年という節目を迎えた今、コーポレートガバナンス改革の実践に向けた取り組みと課題について、特に多様性推進による企業価値向上の観点で触れたい。

本年6月金融庁から「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」が公表された。2023年、2024年策定の「アクション・プログラム」を踏まえて、更なる高度化に向けた今後の方向性が示されたもので、①稼ぐ力の向上、②情報開示の充実・投資家との対話促進、③取締役会等の機能強化、④市場環境上の課題の解決、⑤サステナビリティを意識した経営、を柱とした内容となっている。

この中の「人的資本を含むサステナビリティ課題への取り組み」に関連して、経産省が事務局となり当社からも委員として参画した「多様性を競争力につなげる企業経営研究会」についてご紹介する。同研究会では、企業の競争力強化のための手段としての多様性推進という観点に着目し、日本企業がダイバーシティ経営に取り組む際に直面する課題を踏まえ、その解決につながるアクションについて検討がなされた。それを取りまとめた「企業の競争力強化のためのダイバーシティ経営(ダイバーシティレポート)」が4月に発表されている。同レポートにおいて、企業がダイバーシティ経営を進めていく上で求められる具体的アクションとして、以下が挙げられた。

  1. 1.ダイバーシティ経営の取組方針策定
    ・ ダイバーシティ経営の取組方針・ポリシー明確化、KPI策定・組織への浸透
  2. 2.推進体制の構築
    ・ 取締役会と経営陣双方が実行に責任を持つ体制構築(トップダウン)
    ・ 従業員の声を取締役会・経営陣双方に届ける体制の確保(ボトムアップ)
  3. 3.事業・地域特性を加味した環境・ルールの整備
    ・ 事業内容、地域による多様性を念頭に置いた業務プロセスや制度の見直し
  4. 4.管理職の行動・意識改革
    ・ 従業員の多様性を活かすことが出来るマネージャーの育成、登用
  5. 5.従業員の行動・意識改革
    ・ 多様なキャリアパスの構築、キャリアオーナーシップの育成、各種環境整備
  6. 労働市場・資本市場への情報開示と対話
    ・ 一貫した人材戦略の策定・実行、その内容・成果等の労働市場への発信
    ・ 投資家に対するダイバーシティ経営の方針・取り組みの積極的な発信、対話
  7. (「ダイバーシティレポート」より筆者作成)

先日、同レポートの取りまとめ役をされた経産省経済社会政策室の相馬室長(当時)を招いて当社経営陣向けの勉強会を開催した。その中で特に強調されていたことは、法令遵守や情報開示などの社会的要請に基づいて形式は整ってきたが、企業価値向上につながる実際の取組はまだまだということである。一例として挙げられたのが(これは筆者が海外投資家からもよく聞かれることだが)、日本の経営者の内部昇格割合が97%と諸外国と比べて突出して高く、他企業経験のある経営者も少ないという点だ。

米国においてDEIに関するさまざまな議論が起こっているが、本邦企業においては、上述の同質性による弊害をより認識する必要があるのではないかと考えている。オペレーションのスピードアップや精度を高めるための仕組みを磨き、高い効率性が実現された環境では同質性は大きな強みであった。しかしながら、多くの産業ではサプライチェーンが複雑化し異なる顧客層や多様な文化を理解した上で多岐にわたるニーズに柔軟に対応する必要に迫られている。このような「VUCAの時代」に対応していくためには、同質の価値観に染まった集団からの脱却、すなわち性別、国籍、世代のダイバーシティのみならず、キャリア採用や社内の部門を跨いだ人材による多様な価値観、知見の統合、そして既存の仕組みを常にアップデートできる組織運営やガバナンス体制が必要である。

先日、丸井グループが女性活躍の優れた企業に与えられる国際的な賞を受賞された。筆者は以前、伊藤邦雄先生の研修プログラムで青井社長のお話を伺ったことがご縁で、サステナビリティ経営の対談をさせて頂いたことがある。その際に青井さんが、「外部の大学生や女性をアドバイザーに招へいし、中高年中心の予定調和を打破することで新しいアイデアの創出、業績の回復を実現した」と話されていたことが大変印象に残っている。

このように本邦企業にとっては多様性推進を成長の機会として捉え、真の目的である企業価値向上を追求していくことが経営の重要なテーマであろう。

当社においては、運用会社の立場での投資先企業に対する働きかけ、また当社自身にとっての多様性の追求の両面でダイバーシティ経営の推進に向き合っていくつもりだ。前者については、昨年9月に公表した「中長期視点を踏まえたスチュワードシップ活動のロードマップ」において、2030年に「多様性のあるメンバーで構築された実効性のある取締役会の構築」をコーポレートガバナンスの目指す水準とし、独立社外や女性比率の具体的な目標値を定めた。経営戦略と人材戦略の一体化の視点も踏まえ対話を続けていく。

また、後者では、筆者と職員とで継続的に行っているスモールミーティングなどを通じて、1人ひとりのマインドセットの変容、取り組みの優先順位付け、多様な人材を受容できるカルチャーの醸成などの課題に対峙している。当社にとっても人的資本が成長ドライバーであることは言うまでもない。目指す姿とのギャップに向き合い、それを踏まえて具体的なアクション・施策に落とし多様化の進展に粘り強く取り組んでいくことで、中長期の企業価値向上=魅力のある会社の実現に向け挑戦を続けていく所存である。

杉原規之氏

杉原規之Noriyuki Sugihara
アセットマネジメントOne株式会社 取締役社長
1992年日本長期信用銀行(現 SBI新生銀行)に入行。1999年興銀信託銀行(現 みずほ信託銀行)入社以降、みずほグループにおける資産運用および資産管理ビジネスの拡大に取組む。2021年からみずほ信託銀行アセットマネジメント部門長 兼 みずほ銀行アセットマネジメント副部門長。2023年4月アセットマネジメントOne 代表取締役社長に就任し、現在に至る。

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