ガバナンス改革、アジアを見渡せ

2026年7月10日

小平龍四郎(日本経済新聞社 編集委員)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.21 - 2026年4月号 掲載 ]

世界各国・地域の資本市場に投資を分散させるグローバル投資家が、米国株への過度の集中を見直している。世界一の経済規模を誇り、イノベーションをリードする米国の優位性は変わらない。しかし「トランプ大統領のアメリカ」はリスクも大きいとみて、米国以外の比重を高めようとする動きだ。マネーを引き寄せられる国と、そうでない国との違いは何か。経済成長はもちろんのこと、投資家から信頼を得るための改革も重要だ。アジアなどの新興国が企業統治(コーポレートガバナンス)改革に力を入れている理由を、投資家の視点で考えてみたい。

2月11日の日経電子版は米モーニングスターの調査などをもとに、「米資産の削減、投資家4割が計画 世界でじわり進む『米国売り』」という記事を掲載した。欧州・カナダ勢が米国関連の資産をすでに減らしたか、減らす方向で検討しているという。関税や貿易などに関する米国の予見可能性の低下が、「米国の株式や債券ばかり買っていて大丈夫か」という古くて新しい危機感を呼び起こしたのだろう。

米国は国内総生産(GDP)の世界シェアが世界の4分の1ほどを占める圧倒的な経済大国。株式が最も買われやすいのも当然のことだが、株式時価総額ベースの世界シェアは過半に達している。これはあまりに買いすぎだと、トランプのアメリカの現実を見た運用者が懸念を抱き、投資先の分散を図ろうとするのもうなずける。

平素、私たちは米国と日本の株価だけを見て「上がった、下がった」と一喜一憂している。しかし、もちろん、世界にはさまざまな株式市場がある。欧州はもちろんのこと、アジアに注目しないと重要な収益機会を取り逃がすことになりかねない。

特に昨年来の株価の動きを見ていると、そう痛感させられる。MSCIの「日本を除くアジア」は過去1年でおよそ40%上昇。これに対して「日本」の上昇率は30%強、「欧州」は30%弱、「米国」は20%弱にとどまる。AIやテックで華やかな話題をふりまいている米国株式の上昇率が、世界の中では最も見劣りする。これが現実だ。

何がアジアにマネーを引き付けているのか。定番の模範回答は経済成長だ。IMF(国際通貨基金)によれば、2026年の米国の成長率は2.4%、先進国・地域全体では1.8%。これに対してアジア新興国・発展途上国は5.0%に達する。しかし、「先進国の安定成長、新興国・途上国の高成長」は今に始まったことではない。成長率に格差があってなお投資家は米国株に傾斜してきた。今になって新興国や発展途上国を見直す積極的な理由は何だろう。

韓国は会社法を改正

これに対する筆者の仮説は、コーポレートガバナンスを始めとするさまざまな市場改革が投資を引きつけている、ということだ。

典型例は韓国だ。昨年から株価が上がり始め、今年に入っても韓国総合株価指数(KOSPI)の上昇率は約30%と他国を圧倒している。成長率は1.9%(IMF、2026年)、2.1%(同、27年)とアジアの中では見劣りする。それでも投資家が韓国株式市場に注目するのは、政府主導で株式市場や企業部門の改革が進んでいるからだ。

例えば、韓国企業は市場監督当局と証券取引所から、自社の企業価値をいかに向上させるかを示す「バリューアッププラン」の作成を求められている。これは東京証券取引所の「企業価値向上策」に範をとったもので、実は筆者も何度かソウルの市場関係者に招かれ実情を解説した。

「東証ルールは厳しい罰則がないのに、なぜ日本企業は真面目に対応するのですか」。現地ではこんな質問を頻繁に受けた。これに対しては「日本企業は横並び意識が強いので、A社が価値向上策を出せば同業のB社も出すのですよ」などと答えるのが常だった。

日本流は韓国には合わないと思ったのだろうか。昨年7月には、日本の会社法にあたる商法を改正し、株主に対する取締役のフィデューシャリー・デューティー(信認義務)を明記した。平たくいえば「取締役は株主のためにはたらけ」ということ。当たり前にも思えるが、株主への義務を法律で明確にしているのは主要国では米国と韓国くらいだ。米国の投資家が注目しないはずがない。

李在明(イ・ジェミョン)政権は韓国株式市場のMSCI株価指数の分類を「新興国」から「先進国」に格上げされることに意欲をもやしているともいう。資本市場の国際的な地位向上の一環として、外国為替取引の規制緩和も打ち出した。

どうやら韓国は本気だ――。アジアの中で日本しか見ていなかったグローバル投資家は今、韓国の市場や企業のリサーチをおっとり刀で始めている。

市場の「かえる跳び」

注目すべきは、日本から韓国に伝播した市場改革のうねりがほかの東南アジア諸国にも広がっていることだ。タイでは証券取引所などが主導して、上場企業に価値向上策づくりを促す「JUMP+」プログラムが始まった。向上策の進捗を定期的に投資家に説明もするよう求めており、積極的に取り組む企業だけを集めた株価指数の算出なども視野に入っているようだ。

タイに刺激を受けた隣国マレーシアでは取締役協会が上場企業の役員教育に力を入れ始めた。「社外取締役は数ではなくて質が重要です」。同協会幹部の言葉は、まるで日本への意見のようにも聞こえる。

東南アジアの株式市場ではこのほか、昨年10月に株価指数会社が市場区分を「フロンティア」から「新興国」に格上げしたベトナムに、投資マネーが流入している。逆に株価指数への新規採用を凍結され、株価が急落したインドネシアの例もある。2カ国の明暗を分けたものは、情報開示など市場制度の信頼性や透明性だ。

アジア新興国の経済を特徴づける考え方に「リープフロッグ(かえる跳び)」がある。技術などが先進国に一足飛びに追いつく現象で、固定電話からガラケーを経ず、スマートフォンに移行した例がよく引き合いに出る。

アジア各国の改革のうねりは、マーケットの分野でもかえる跳び現象が起きるのではないかと思わせる。今も韓国やタイ、マレーシアを歩けば「日本に学びたい」などと褒め殺しのような言葉をいただく。しかし、真に受けて安心しているわけにはいかない。

小平龍四郎氏

小平龍四郎Ryushiro Kodaira
日本経済新聞社 編集委員
証券部、欧州総局(ロンドン)やアジア編集総局(バンコク)、論説委員会を経て2025年4月より専任の編集委員に。一線の記者時代は「山一証券自主廃業」や「村上ファンド登場」を特報。主な著書は『グローバルコーポレートガバナンス』『山一前後』。いずれも日本経済新聞出版。1988年に早稲田大学を卒業、同年に日本経済新聞に入社。

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