脳と腸とコーポレートガバナンス

2025年9月10日

石黒成直(NTTデータグループ、リコー 独立取締役)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.19 - 2025年8月号 掲載 ]

日ごろからの不摂生がたたり、TDKの会長を退任したとたんに体調を崩し、2度の大手術を経験した。忙しかったというのは弁解にもならない。知らず知らずの内に体は悲鳴を上げていた。

ひと月以上の長い入院期間中、担当の医師からいろいろな話を聞いた。人間の体は脳だけに支配されているわけではないこと。腸は自ら現場の情報を収集し、現場で判断し、そしてその情報を脳と共有しているということ(脳腸相関というそうだ)。また、腸を構成する細胞は自らの役割をきちんと認識していて、小腸の一部を尿管に移植しても小腸であった時の働きをしてしまって問題が出る場合があるということ。

自分をひとつの個体としてしか考えていなかった私には新鮮な知識であったと同時に、会社組織も同じだなという不思議な感覚をもった。経営部門とビジネスの前線で戦っている執行部門が、それぞれの役割を全うしつつもタイムリーに重要情報を共有し、内外の変化に適切な対応をしなくてはいけない。

脳である経営機能が先鋭的でも執行部門が実践できなければ会社は機能しないし、逆に執行部門が暴走したら会社はクラッシュする。昨年一年間、独立取締役委員会の委員長を務めさせていただき、日本企業のガバナンスの体裁は整えられてきたが、その実効性はまだ発展途上だと、肌身に染みる現場発のご意見をたくさんいただいた。

今後、日本企業が健全に価値創造にまい進するためには、取締役会の実効性を向上させることも大切だが、執行部門の経営力向上やガバナンス体制の再構築をする必要があると痛感した。ますます複雑化する経営環境下で確かな価値創造を実現するために、責任あるCEOの選び方、経営会議の構成や議論の質の向上、権限移譲の進め方、そのうえで機関設計の在り方をあらためて問い直す必要がある。

ところで、脳腸相関はストレスとも大きな関係があるそうだ。ご多忙な読者各位には、くれぐれもご自愛をいただきたい。

株式会社NTTデータグループ 独立取締役
株式会社リコー 独立取締役
石黒成直