上場会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けた東証の取組み 第1回

2022年10月10日

青克美(株式会社東京証券取引所 常務執行役員)

市場区分再編の概要と上場会社の動向

資本市場に上場する企業にとっての重要な目標の一つは、「健全な企業家精神の発揮による持続的な成長と中長期的な企業価値向上」であろう。東証は、この目標に向けた各社の取組みを後押しするため、市場制度の整備に取り組んできた。これから3回にわたり、近時の主要な取組みである市場区分の再編やコーポレートガバナンス・コードの改訂について、東証の制度整備の概要やそれを受けての上場会社の動向を中心に述べていきたい。


1.はじめに

東京証券取引所(以下「東証」という。)は、わが国の経済活力の向上と資本市場の魅力向上を目指し、その原動力となる上場会社各社の企業価値向上を促すためにさまざまな施策に取り組んできた。近時の最も主要な取組みが、上場会社の持続的成長と中長期的な企業価値向上を支え、国内外の多様な投資者から高い支持を得られる魅力的な株式市場を提供することを目的として実施した市場区分の再編であり、2022年4月4日から、新たな市場区分である「プライム市場」・「スタンダード市場」・「グロース市場」が始動している。

また、中長期的な企業価値向上に向けた実効的なコーポレートガバナンスの実現を目的として制定されたコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という。)について、2021年6月に改訂を行っており、各社ではこれに基づいた取組みも進められている。

第1回となる本稿では、今回の再編の概要を振り返りつつ、新市場区分への移行を受けた上場会社の動向をご紹介する。

2 市場区分再編の概要

(1)市場区分再編の背景

わが国の資本市場においては、第二次世界大戦後の1949年に取引所が単一の市場(市場区分のない市場)のかたちで証券市場を再開して以降、その後の取引所機能の拡大に伴って新たな市場区分が設置されるという経緯を辿ってきた。そして、2013年に東京証券取引所グループと大阪証券取引所(いずれも当時の名称)が経営統合を行い、株式市場を東証に集約することとしたが、その際に双方の市場第一部・市場第二部はそれぞれ統合し、他の市場はそのまま東証に引き継がれたことから、東証の株式市場は5つの区分(市場第一部、市場第二部、マザーズ、JASDAQスタンダード及びJASDAQグロース)から構成されることとなった。

経営統合によって誕生した日本取引所グループでは、2016年3月に「第二次中期経営計画」において市場区分再編の方針を公表した後、2018年秋から「上場会社の企業価値向上を支えて、リスクマネーを安定的に供給する」ための市場構造の在り方について具体的な検討に着手し、市場関係者への意見募集や有識者会議における議論を経て、今般の市場区分再編の実施に至った。

この過程において、従来の市場区分には、「各市場区分のコンセプトが曖昧である」、また、「上場会社の企業価値向上の動機付けの役割を適切に果たしていない」といった課題が存在すると整理された。再編にあたっては、これらの課題を改善するため、各市場区分のコンセプトを明確化したうえで、上場会社が自社に最も適した市場区分において企業価値向上を果たしていくための基盤となるような制度整備を行っている。

(2)新市場区分のコンセプト

新たな市場区分として、以下のとおり、異なるコンセプトで性格づけされた、「プライム市場」・「スタンダード市場」・「グロース市場」の3つの市場区分を設けることとした。

プライム市場 多くの機関投資家の投資対象になりうる規模の時価総額(流動性)を持ち、より高いガバナンス水準を備え、投資者との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業及びその企業に投資する機関投資家や一般投資家のための市場

スタンダード市場 公開された市場における投資対象として一定の時価総額(流動性)を持ち、上場企業としての基本的なガバナンス水準を備えつつ、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業及びその企業に投資する投資家のための市場

グロース市場 高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業及びその企業に投資する機関投資家や一般投資家のための市場

(3)新市場区分の設計

各市場区分については、流動性をはじめとする定量的な基準、また、CGコードによる定性的な枠組みを、それぞれのコンセプトを反映する内容となるよう設定している。その一環として、2021年6月のCGコード改訂の際には、プライム市場において高い水準のガバナンスが求められることを特に意識しつつ、市場区分に応じて設定されるべきガバナンスの水準という観点を取り込んでのCGコードの検討、改訂が行われた。

各市場区分の上場基準については、上場後においても持続的な成長と中長期的な企業価値向上を動機付けるという再編の目的を踏まえ、新規上場基準と上場維持基準を原則として共通化した。これにより、新規上場基準と比べて上場維持基準が緩和された水準(多くの基準において、上場廃止基準の水準は新規上場基準の水準の2分の1)に設定されていた再編前の制度下とは異なり、上場会社は、最低限、新規上場基準と同等の水準の上場維持基準を継続的に維持することが求められることとなった。

また、新規上場する際に適用される基準と市場区分間を移行する際に適用される基準も共通化した。再編前の制度下では、市場区分を変更する場合と新規に直接上場する場合とで、異なる水準の基準が適用されることがあったが、再編後の制度においては、どの市場区分からどの市場区分へ変更するとしても、新規に上場する際と同様に、変更先の市場区分の新規上場基準に基づく審査を受け、その基準に適合することが必要となることとなった。また、上場する市場区分の上場維持基準に抵触したため他の市場区分への変更を希望する場合も、同様に、変更先の市場区分の新規上場基準に基づく審査と基準への適合が必要となることとなった。

3 上場会社の動向

(1)新市場区分への移行結果

新市場区分への移行は、上場会社各社において、新市場区分のコンセプトや上場基準、適用されるCGコードの内容等を踏まえて、自社にとって最適な市場区分を検討し、移行先の市場区分を選択いただくというかたちで実施した。新市場区分移行時点(2022年4月4日時点)の状況は、図表のとおりである。

新市場区分への移行状況

なお、新市場区分の上場維持基準は、再編前の基準よりも厳格化された水準として定められたものが多い。そこで、東証では、円滑な移行のための経過措置として、「上場維持基準の適合に向けた計画書」を開示することで、当分の間、(厳格化された)本来の上場維持基準の適用を猶予し、これらに適合していない市場区分への移行を選択することを可能としている。経過措置の適用を受ける上場会社は、新市場区分移行後も、基準に適合するまでの間少なくとも年1回以上の頻度で進捗状況を開示することが義務付けられている。

プライム市場の上場会社数をもっと絞り込むべきであった、あるいは、経過措置は不要であったとの批判も耳にする。しかしながら、再編の目的に立ち返ったときに着目していただきたいのは、現時点での上場会社数ではなく、それぞれの上場会社が、新市場区分への移行を契機としてどのような変化を遂げるのかという点にある。以下では、それぞれの市場区分ごとに、各上場会社に適用される上場維持基準の概要とそれを踏まえた上場会社の動向を紹介する。

(2)プライム市場の上場会社

プライム市場については、グローバルな機関投資家と質の高い対話を行いながら資本市場の目線を取り込み、またそれらから資金供給を受けることで、自社の企業価値向上に向けて経営を行っていく企業が集まる市場となることを想定し、主として以下のような上場維持基準を設けている。

  • 株主数 800人以上
  • 流通株式数 2万単位以上
  • 流通株式時価総額 100億円以上
  • 流通株式比率 35%以上
  • 売買代金 1日平均売買代金
  • 0・2億円以上

ここでは、多様な機関投資家が安心して投資対象とすることができる潤沢な流動性の基礎を備えた銘柄を選定するため、グローバルな機関投資家の投資ユニバースの対象となり得る最低限の水準も考慮し、流通株式時価総額について、以前の市場第一部の基準(10億円以上)から大幅な引き上げを行っている。また、機関投資家との対話の実効性を確保するための基盤として、いわゆる安定株主が株主総会における特別決議可決のために必要な議決権の水準(3分の2)を占めることのない公開性を求めるという観点から、流通株式比率についても、以前の市場第一部の基準(5%以上)から大幅に引き上げている。これらの厳格化された基準を踏まえ、プライム市場へ移行した会社では、流通株式数を増加させることで流通株式時価総額・流通株式比率向上を図るために、持ち合い解消、株式の売出し・分売などの積極的な取組みが進められてきたほか、企業価値向上による流通株式時価総額向上のための戦略的な事業ポートフォリオの見直しや親子上場の解消などの動きも生じている。

また、CGコードに関しては、グローバルな機関投資家の目線やそれらとの対話が重視されることを踏まえ、プライム市場のみを対象とした追加的な内容(独立社外取締役選任比率の引き上げや英文開示・サステナビリティ情報の開示の充実など)を含む全原則が適用されているところ、既に各社において積極的な対応が見られている。

プライム市場の上場会社各社は、厳格化された上場維持基準を意識した企業価値の向上や、質の高いコーポレートガバナンスの実現に向けて、積極的な取組みを継続していただくことが求められる。これらの取組みを基礎として、各社が株主・機関投資家との建設的な対話を通じて自律的に成長を目指していくことで、真にプライム市場にふさわしい質を備えた企業が集う市場区分となることが期待される。

(3)スタンダード市場の上場会社

スタンダード市場は、東証が開設する株式市場のベースとなるマーケットとして、個人をはじめとする一般的な投資者の投資対象となり得る企業を対象に、それらの企業が成長のために資本市場を活用するにあたって広くアクセスが可能な市場となることを想定し、主として以下のような上場維持基準を設けている。

  • 株主数 400人以上
  • 流通株式数 2000単位以上
  • 流通株式時価総額 10億円以上
  • 流通株式比率  25%以上
  • 売買高 月平均売買高10単位以上

これらの基準は、公開市場において円滑な売買が可能となる適切な流動性や基本的なガバナンス水準として求められる最低限の公開性という観点から設定した。流通株式比率については、これまでJASDAQスタンダードでは上場維持基準とはされておらず、市場第二部でも5%以上に設定されていたところからの引き上げとなったため、スタンダード市場においても、創業者一族等の大株主が保有する株式の売出しなど流動性向上への取組みが進められている。

また、CGコードに関しては、スタンダード市場でも、(プライム市場向けの内容を除いた)全原則が適用される。特に、基本原則(5原則)のみが適用されていたJASDAQスタンダードから移行した上場会社においては、新たに原則・補充原則(計78原則)への対応が必要となったことを受けて、自社の状況を踏まえてCGコードへの対応が進められており、今後、実効的なガバナンスの実現に向けた各社の取組みが進展することが期待される。 なお、前掲の図表のとおり、市場第一部の上場会社のうち338社がスタンダード市場へと移行した。その多くはプライム市場の上場基準に適合していなかった会社であるが、プライム市場の上場基準に適合しているもののあえてスタンダード市場を選んだ会社も、20社以上見られた。各社が開示したスタンダード市場の選択理由としては、「限られた経営資源を、既存の主力事業に加え、新規事業開発等に集中させることで、中長期的な企業価値向上を図る」とする事例や、「プライム市場で上場維持基準に適合できずに上場廃止となる可能性がある状態は、株主にとっての不安要素となるため、移行時点ではスタンダード市場に上場し、強固な経営基盤の構築により、安定的かつ継続的にプライム市場の基準を維持できる企業体を目指す」とする事例などが見られた。いずれの会社においても、自社の事業戦略や経営環境等を踏まえて真剣な議論を行った結果としてスタンダード市場への移行を選択いただいたものと考えており、このような選択を投資家が積極的に評価する事例も見られている。

スタンダード市場は、市場第一部、市場第二部、JASDAQスタンダードという異なる3つの市場から移行した会社から構成される市場である。また、安定的な収益基盤・財政状態を有する企業に適したIPOマーケットとして、活発な新規上場が見込まれる。各社のスタート地点はさまざまだが、日本経済の中核を成していく企業が集う市場として、上場会社各社には、中長期的な企業価値向上や実効的なガバナンスの確立に向けた堅実な取組みが期待される。

(4)グロース市場の上場会社

グロース市場は、ベンチャー企業への成長資金の供給機能を担うマーケットとして、高い成長可能性を有する企業を対象とした市場となることを想定し、主として以下のような上場維持基準を設けている。

  • 株主数 150人以上
  • 流通株式数 1000単位以上
  • 流通株式時価総額 5億円以上
  • 流通株式比率 25%以上
  • 売買高 月平均売買高10単位以上
  • 時価総額 (上場から10年経過時以降)40億円以上

非上場のまま成長するのか、上場して資本市場を活用して成長するのかは、経営者が自社の経営戦略・資本政策に照らして判断するものであり、画一的なセオリーはないといえる。そこで、グロース市場では、成長性の高い企業の経営者に幅広い選択肢を提供するため、他の市場区分に比べて緩やかな基準を設定している。他方で、高い成長可能性の健全な発揮を求める観点から、上場から10年経過時以降は、一定の時価総額基準の達成を求めることとしている。

グロース市場においては、上場会社の成長性を重視しているため、トラックレコードよりも、高い成長可能性を実現していくための事業計画が存在していること、そしてそれを投資者が適切に評価できることが重要となる。そこで、自社のビジネスモデル、市場環境、競争力の源泉、事業計画及びリスク情報などについて記載した「事業計画及び成長可能性に関する事項」を開示したうえで、今後も少なくとも年1回の頻度で進捗状況を開示することを求めている。

これまで各社から開示された内容は、今後の成長戦略や業界での立ち位置などが的確にまとめられているものも多く、機関投資家からも「今後の事業の方向性がよくわかる」、「企業同士を比較しやすい」など、これを評価する声が寄せられている。今後も継続して積極的な情報開示が行われることで、高い成長可能性の実現に向けた上場会社各社の取組みとそれに対する投資家の適切な評価による持続的な成長に向けた好循環が形成されることが期待される。

(5)上場維持基準に適合していない上場会社

新市場区分移行時点において、移行先の上場維持基準に適合しておらず経過措置の適用を受ける会社は、プライム市場で295社、スタンダード市場で209社、グロース市場で45社の合計549社である。 各社が本来の上場維持基準の適合に向けて策定した計画の内容は、積極的な成長への投資、事業ポートフォリオの見直し、投資者への情報発信の強化など、事業の内容や環境、経営方針や戦略に応じて様々なものとなっている。また、各社が設定している取組みの実行に要する期間については、各社の状況に応じて広がりはあるものの、おおむね2年から4年の範囲に集中している。

これらの会社においては、開示された計画を株主・投資者に対する約束事と捉え、誠実かつ着実に実行していただくこと、そしてその進捗状況を適切に株主・投資者にお示しいただくことが何よりも重要であると考えている。

4 市場区分再編のフォローアップ

今後、上場会社各社において、新市場区分の下で中長期的な企業価値向上に取り組んでいただくことになるが、もちろん東証においても、市場区分再編の実効性を高めていくための継続的な取組みが必要である。東証では、エコノミスト、投資家、上場会社、学識経験者その他の市場関係者から構成される有識者会議を設置し、施策の進捗状況や投資家の評価などを継続的にフォローアップするとともに、上場会社の企業価値向上に向けた取組みや経過措置の取扱い、ベンチャー企業への資金供給などに関する追加的な対応についてご助言を得つつ、実効性向上に取り組んでいく予定である。

次回は、改訂されたCGコードの内容やそれを踏まえた上場会社の対応について述べる予定である。

青克美氏

青克美 Katsumi Ao
株式会社東京証券取引所 常務執行役員
東京証券取引所入所後、上場制度、開示制度、コーポレートガバナンス等を担当。法制審議会会社法制部会 委員、金融庁・東京証券取引所「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」事務局、経済産業省コーポレート・ガバナンス・システム研究会委員などを歴任。