日本取締役協会 冨山和彦新会長に聞く(上)

2022年10月10日

冨山和彦(日本取締役協会会長 経営共創基盤 IGPIグループ会長、日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.10 - 2022年8月号 掲載 ]

企業統治の実質を高めるには

日本取締役協会の新会長に冨山和彦・経営共創基盤(IGPI)グループ会長が就任しました。協会が誕生して20年あまりが経過し、日本企業のコーポレートガバナンス(企業統治)の実質が問われるなかで初めての会長交代となりました。そこで財界の論客としても大きな存在感を見せる冨山新会長に、コーポレートガバナンスの実質を高めるための今後の協会活動の方向性やガバナンス改革の行方などをうかがいました。(聞き手・経済ジャーナリスト 井伊重之)

冨山氏

「覚悟と能力」が問われる社外取締役

――会長ご就任、おめでとうございます。まずは新会長としての抱負をお聞かせください。

冨山 コーポレートガバナンス(企業統治)改革がやや政府主導で進められてきた結果、形式が先行するかたちになってしまっている部分があります。このため、実質をいかに高めるかがガバナンス改革全体にかかわる大きな課題になっていますが、それを実現する鍵は担い手である取締役の質を上げることしかありません。日本取締役協会としては社外取締役を中心に、われわれ自身がお互いにレベルを上げていく必要があります。その意味でも当協会がまさにその本業を果たしていくべき時が来ていると考えています。

――その社外取締役についてですが、就任時の記者会見では「覚悟と能力が問われる」と指摘されていました。社外取締役がそうした覚悟や能力を身につけるため、協会としてどのような活動に取り組むことになるのでしょうか。

冨山 それに関しては、必要条件的な部分と十分条件的な部分があると考えています。社外取締役の構成もポートフォリオで考えるので、その組み合わせによって十分条件をクリアしていくことがあると思いますが、私が実際、自分でやってきた経験でいうと、少なくとも会社法なり、ガバナンスコードなり、あるいは財務関係なりの最低限の知見は求められます。基本的には財務三表をベースに取締役会で議論をするわけですから。あるいはそういう意思決定の問題を会社法のルールのなかで行なっていますので、そうしたルールを全然わかりませんでは困ります。

その必要条件というのは取締役全員がクリアしておかないとならないのです。ですから、その部分については勉強をしておく必要があります。欧米企業などではトレーニングセッションが必須のところがあります。そうした取り組みは、日本でも行なった方がいいかなと思っていますし、当協会としても果たせる役割が十分にあると考えています。

それともう一つ、十分条件として協会がカバーできる部分があるとすれば、いわゆる欧米企業でいう「リードダイレクター」の存在です。社外取締役をまとめていく総活役的な役割のリードダイレクター。だいたい社外取締役が取締役会議長を務めるので、そのリードダイレクターが議長を務めている場合が多いのです。あるいは指名委員会のようなものであれば、その委員長が務めるケースが多いのですが、そうした人たちはやはり会社経営のベースがないと難しいと思います。

――リードダイレクターには会社経営の経験が必要ということですね。

冨山 そうです。言い方は悪いですが、社外取締役として最後はCEO(最高経営責任者)と対峙する必要がありますから。もし本当に必要なら、社外取締役としてCEOにノーを突きつける覚悟が問われます。そうしたクラスの人材をどう確保するかですね。そこは本来、この協会の会員のなかでも割と地位の高い人たちになると思うので、どちらかというとお互いに研鑽することになるのでしょうね。 

――そういう人材はこれから育てましょうっていう話ではないと。

冨山 それはもう大変です。ただ、いまこの瞬間でも上場している企業だけで、3千数百人の現役の経営者がいるわけです。だから、そういった人たちはそもそも潜在的な有資格者といえるので、そういう人たちが今度は社外取締役としてどういう立ち位置を取るかは、またちょっと違う軸になりますよね。今まではガバナンスされる側が、する側になるわけですから。

――ある企業で経営者としての任期を終えた人が、今度は別の企業で社外取締役として新たな役割を果たしてもらい、次の世代にバトンをつないでいくということですね。

冨山 大仰な言い方になってしまいますが、そうした経営者はある種、功成り名を遂げた人たちですから。社会に対して最大のお役に立てる一番身近な仕事なわけですよ。これまでもそうですが、協会の活動を通じて今後もそうしたリードダイレクターたちが研鑽する場を提供していきたいと考えています。

上場企業のトップの1人ひとりはギフト、プレバレッジ(特権)を得た人たちです。だから彼らのノーブレス・オブリージュというか、与えられたギフトに対する責任として、企業のガバナンスに貢献するという役割を果たしていただきたいと考えています。上場企業は完全に公器ですから、その公の器が健全に機能していくことに対し、今度は社外取締役になり、モニタリングする側、あるいはガバナンスをする側で貢献していくということは、人生の過ごし方として、大変大きな意味があると思っています。

冨山氏

担い手の質を上げる協会の本業を果たす

――会員数については、もっと増やしていく必要があると思いますが。

冨山 そうですね、会員については、卵が先か、鶏が先かという話に近いのですが、この協会の会員になるという意味は、ここに参画することによって会社としては自分の会社のガバナンスの実質を高めるための勉強の機会があるということです。また、個人にとってみれば、ここに来て社外取締役になったり、あるいは社内の取締役になったりする人がいると思いますが、そうした取締役として、今どういうことをやっていかなければならないか、という勉強の場所になるということです。そうした場所として協会の活動を充実させ、私たちがきちんと宣伝とか、コミュニケーションを取っていけば、自然に会員の数は増えていくと思っています。それを同時に進めていかなければならないと考えています。

――協会には法人会員と個人会員と両方いますが、どちらを増やすなどのイメージは持っていますか。

冨山 私としては、特にこうあるべきという明確なものはないです。この部分に関しては同じコインの裏表の関係なので。社外取締役の成り手と取締役会を運営していく法人の側との、同じコインの表裏なので、今お話したようなことをきちんと進めていけば、自然にある種のバランスのなかで両方増えて来るのではないかと期待しています。

――協会の具体的な活動として、複数の委員会を設けて活発な議論をしていますが、新たな委員会の設置などを考えていますか。

冨山 委員会の中身は、常に見直していった方がいいと思っています。しかし、それは結局、委員会の担い手の皆さんがどのような問題意識を持つかによります。これから委員長などをやっていきたい、そういう新しいジェネレーションの人たちが持っている問題意識も取り込みながら、それからもちろん既存の委員会の皆さん、そしてわれわれの執行部の問題意識が重なっている領域で、見直していくものは見直していけばいいと思っています。ただ、どちらにしても共通の通底的テーマは、ガバナンスの改革・推進によって日本の経済を元気するということになりますから、その脈絡でどこを頑張らなければいけないかということになるでしょうね。

ですので、もともと私がやってきた独立取締役委員会などは、ますます重要になってくるでしょう。また、個人的にちょっと気になり始めているのは、スタートアップ、あるいはイノベーションしていくような企業に対する応援です。政府としてもスタートアップを積極的に増やしていくという目標を掲げています。それはそれで大事なことなのですが、特に世界を目指すようなスタートアップにおけるガバナンスが今のままで大丈夫かなっていう感じがしているのです。

スタートアップ・ガバナンスへの参画目指す

――どういう意味ですか。

冨山 これは2つの意味なのですが、いわゆる大企業、大手上場企業のガバナンスの議論をスタートアップに当てはめてしまうと合わないのですよね。ですから無理やり既製服を着せるという方向性は間違っていますし、かといって、実はスタートアップはガバナンスが大事なのです。いろいろな事件が起きますので、チャンスの面でもピンチの面でも。ですから、ますますそのガバナンスの担い手が重要になっています。

本当にそのガバナンスなりメンタリングができるような人が、社外取締役として取締役会に入っていることが大事だし、米国的なモデルでいうと、成功した先輩経営者が入っているわけです。それがものすごくシステムを健全に機能させている部分があるのです。ですから、スタートアップ・ガバナンスみたいな部分に、制度をギチギチに作るのではなくて、むしろどういう人が関わっていくかが大事だと思っているので、この課題を担っていくような人が当協会でも増えてくるといいなと思っています。

――そうしたスタートアップ・ガバナンスに携わる人たちというのは、やはり起業経験があった方が良いのでしょうか。

冨山 私もそういう類ですが、自分で起業してみないとわからないことがあるのです。でも今はだんだん起業経験者が増えてきた。一番上の世代が、たぶん孫さんとかの世代かな。本当はそのうえに江副さんがいますが、まあ江副さんはちょっと別格とすれば、孫さんたちの世代がいて、次に三木谷さんとか南場さんとか松本さんとか私の世代があって、その次の世代は起業がだいぶメジャーな選択肢になってきているので、結構スタートアップをやったことのある、それなりの規模の経営者の数は増えてきている。そうした人たちが、今度は後から来る人たちをどう応援していくかという意味で、ガバナンスにかかってくるかなという気がしています。このため、そういう人たちも当協会の会員になって頂きたいと思っています。

――スタートアップ・ガバナンスも日本は独特なのですか。

冨山 ちょっと日本は独特になってしまっているのですよ。割といろんなスタンダードが日本独特になっている部分があって、政府の「新しい資本主義」実現会議でも議論がありましたが、日本はグローバルなエコシステムとは違う、別なルールで動いているところが色々あるのです。それは少しまずいなと思っています。だからある意味でグローバルスタンダードに合わせることが必要だと考えています。

とくに日本の場合、スタートアップの出口は株式上場がほとんどです。そうすると国内のIPOは、基本が誰でも株を買えるのが前提の仕組みになっていますから、そこに向かってやたらとフォーマリティ(手続き)を要求するわけですよ、証券取引所や証券会社は。それでスタートアップ側の成長性が上がるかといったら、上がらない場合が多い。むしろ下がってしまう。なので、そういう意味でも日本独特になってしまっているのです。少なくとも欧米のいまのスタートアップのしくみはプロの世界で完結する仕組みで、一般には簡単にIPOでエグジットしない、そんな暇があったら企業価値を高めてユニコーンになる前提で動いています。これも世界水準のエコシステムとして進化していかないといけないと思っています。そこでもキーワードはガバナンスだと思っています。

冨山氏と井伊氏

次世代の経営幹部に勉強の機会を

――冨山さんは宮内義彦前会長(オリックス・シニアチェアマン)から会長職を引き継いだわけですが、ガバナンス改革に向けて次世代の人材育成についてはどのように考えていますか。

冨山 協会の活動領域としては、次の社長になるような世代の人をどこまでインボルブ(包摂)するかなんですよ。いま現在は経営トップやトップを経験された方が多く協会に参加されていますが、これからは役員とか、部長クラスとか、次世代の社長や取締役になる人がここでガバナンスや取締役のあり方を一緒に勉強していくことが大事です。そうした世代の人たちの勉強意欲は大変高く、時間とお金をかけています。すでに経済同友会や経団連、日本生産性本部などは次世代社長や次世代経営層に向けた勉強セッションを開いています。当協会としてもそうした取り組みを進めていければと考えています。

――取締役会をどう運営するかとか、新たに選任された社外取締役にどのように活動してもらうかなどは、彼らがすぐに直面する課題です。

冨山 それはまさに当協会の活動領域で、もともと法人会員はそこから始まっています。いまの現状において重要なのは、取締役会事務局の人たちの能力と価値観をどれだけ、あるべきレベルに近いところにもってこられるかだと思います。結局、取締役会を仕切っているのは事務局なので、その事務局をある程度変革していかないと状況は変わりません。

事務局は自分で意思を持つことはない存在なので、それまでの空気で行動してしまいます。私の経験上、彼らが忖度していることを「違う」という風に明示的にいわないと変わらないのです。私のように図々しい人が社外取締役にいれば、こう変えろ、ああ変えろとうるさくいいますが、日本的に普通の人はそんなに手を突っ込むようなことはしません。

例えば、ガバナンスコードについても、私が「これはコンプライし過ぎ。もっと下げるべきだ」と指摘すると、「コンプライを下げてもいいのですか。冨山さんにそんなこといわれるとは思いませんでした」と驚かれます。「そのためにエクスプレインがあるのだから、これは多過ぎでしょう」などといつも事務局側と議論しています。

――そうした議論は社内役員からは言い出しにくいですね。

冨山 だから社外取締役が指摘してあげた方が良いのです。そういう事務局のリテラシーというかレベルを上げるということと、これから社長になっていく、あるいは取締役会室長になって行くような、次世代のコアを構成する人材が、どれだけ洗練されていくかが大事なのです。そこが今後のガバナンス改革の課題になると思っていますし、そういう人たちが将来CEOとかCFO(最高財務責任者)になっていって、この協会の次の世代の会長とか副会長になっていくのが理想ですね。


(上)はここまで。次回は冨山新会長が「日本株式会社」の企業統治のあり方や次世代のリーダー論について語ります。

冨山和彦氏

冨山和彦 Kazuhiko Toyama
日本取締役協会会長
経営共創基盤 IGPIグループ会長、
日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクションを経て、産業再生機構設立時に参画。解散後、経営共創基盤(IGPI)を設立。経済同友会政策審議会委員長。金融庁・東証「スチュワードシップ・コードおよびコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」委員ほか政府関係委員多数。著書に「コーポレート・トランスフォーメーション」「社長の条件」「決定版 これがガバナンス経営だ!」他。
東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格

撮影:淺野豊親

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