LEGENDS & THEIR HEIRS レジェンドとその想いを継ぐ者 馬越恵美子×松田千恵子

2025年11月10日

馬越恵美子(桜美林大学 名誉教授・異文化経営学会会長)
松田千恵子(東京都立大学大学院 経営学研究科 教授)

[ 雑誌「コーポレートガバナンス」Vol.19 - 2025年8月号 掲載 ]

企業のエグゼクティブとして、ダイバーシティ改革を切り開いてきた世代が、率直にその思いや決意を語ります。さらに次世代へのエールも送ります。

チャンスを掴む、準備も万端に
EMIKO MAGOSHI

マネジメントの本当の面白さを知る
CHIEKO MATSUDA


馬越恵美子

松田先生とは2015年にタイ・バンコクで開催された学会でお会いし、中学・高校の後輩だったとわかり、意気投合しました。

DEIは、私が2003年から会長を務めている異文化経営学会のメインテーマですが、コーポレートガバナンスとダイバーシティの両方を語れる数少ない専門家である松田先生にも2021年より理事として参画いただくようになり、のちにダイバーシティ&ガバナンス部会長もお務めいただくことになりました。

松田先生は、主観や情緒に流されず、精緻な研究から結果を導き出す、優れた研究者で、直感も鋭く、さらには少し可愛く言ったりもできて(笑)人間力とintegrity(誠実性)のある方です。そしてSerendipity(思いがけない幸運や価値あるものを偶然見つける能力)も兼ね備えていると思います。

Serendipityで思い出すのは自分のキャリアの変遷です。大学を卒業してから、同時通訳として20年間のキャリアを積んでいましたが、次第に専門性を持って自分の意見を述べたいと思うようになり、大学教授を志しました。しかし当時、幼い息子二人を養っていた私の大学院進学に賛成してくれたのは恩師たった1人。「女性の平均寿命は長いのだから、修士だけでなく博士課程まで行って勉強すればいい」と後押ししてくれました。当時は、経営関連の学会でも女性の研究者は少なく、まともに意見も聞いてもらえないこともありました。しかし地道に仕事をしていると、誰かが見ていてくれる。私の仕事ぶりを見ていた方の推薦で、思いがけず、日立物流の社外取締役に就任することにもなりました。

女性の役員を増やすには、現状多数を占める男性のマネジメントが、勇気をもってチャンスを与えることが必要です。女性は特に(最近は若い男性も)「そこまで働きたくない」と管理職を躊躇する傾向があります。管理職の仕事に柔軟な働き方と権限を与えて、もっとクリエイティブにするべきです。また女性もひるまず、思い切って受けてみて、自分でやり方を変えてしまうのもありだと思います。

お伝えしたいのは、チャンスはとにかく掴む、そのためにはほかの人よりも多く、常に備えること。自分磨きと人脈にはお金と時間を惜しまないことが大事です。自信はなくても大丈夫、後からついてくるものです。

松田千恵子

馬越先生はタイでお会いして以来、教育、研究、時にはそれらを超え活躍する憧れの先輩として追いかけてきた存在です。異文化経営学会でも、研究発表の場を新たに提供してくださいました。 「女性が入ると会議が長くなる」と述べて炎上した政治家の方がいました。聞いたことのない意見は面倒かもしれませんが、そこがダイバーシティの良いところです。異なる視点で物事を見ることにより、リスクを減らし、機会を見つけ、意思決定の成功確率を上げることができます。大量生産の時代には同質性が効率を上げましたが、アイデアやソフトなどの無形資産、人的資産が重視される現在、多様性は不可欠です。重要な意思決定に関わるマネジメントとガバナンスにダイバーシティは切っても切り離せません。

言うべきことをはっきり言うところは、馬越先生と共通しているかもしれません(笑)。先生はいつも細やかにフォローされているので、意見が対立した方とかえって仲良くなったりすることがあるそうです。

私は男女雇用均等法施行後に社会人になりましたが、それでも女性は圧倒的なマイノリティでした。その後もどこに行っても同じような状態なので、慣れてしまったかもしれません。

ただ、どの環境でも厳しく隔たりなく仕事を鍛えてくれる上司や先輩がいました。人との出会いには恵まれていると思います。有難いことです。

クォーター制には以前は否定的でしたが、そう言っているうちに10年以上過ぎてもあまりに変わらないので、制度としたほうがいいかもしれないですね。取締役会でも、女性の数合わせを社外取締役に頼るのは止め、登用や招聘などあらゆる手段を使って分厚く多様な経営人材のプールを作り、マネジメントの充実を図ることが急務です。

管理職の見直しも必要です。経営経験を積む絶好の場なのに、そう位置付けられていません。馬越先生がおっしゃったように「管理職」ではつまらないので「経営職」と呼び方を変えてはどうでしょうか。経営学の立場では、本当のマネジメントは厳しくも面白いと思うのです。

まごしえみこ氏

まごしえみこ 桜美林大学 名誉教授・異文化経営学会会長
上智大学卒、慶應義塾大学大学院修了。経済学修士。博士(学術)。同時通訳、東京純心女子大学 教授、NHKラジオ講師を経て、桜美林大学経済経営学系 教授・東京都労働委員会公益委員、さらに、日立物流、アクサ生命保険、アクサ・ホールディングス・ジャパン、ダイヘン等の社外取締役も務める。著書に『ダイバーシティ・マネジメントと異文化経営』(新評論 (2011年)、『異文化経営論の展開』(学文社2000年)、また、ジャズボーカルアルバムにWaveなど。

まつだちえこ氏

まつだちえこ
東京都立大学大学院 経営学研究科 教授
東京外国語大学卒業。仏国立ポンゼ・ショセ国際経営大学院経営学修士。筑波大学大学院企業科学専攻博士課程修了。博士(経営学)。日本長期信用銀行、ムーディーズジャパン、国内外コンサルティングファームパートナーを経て現職。経済産業省、内閣府委員など公職歴任。IHI、旭化成など社外取締役も務める。近著に『サステナブル経営とコーポレートガバナンスの進化』(日経BP社 2021年)、『グループ経営入門 第五版』(税務経理協会 2025年)など。

撮影:小泉賢一郎