130909_06cgcolumn.jpg

コラム:真のリーダーとは何か?―Leaders oblige.―

2013/09/09

桜美林大学教授・異文化経営学会会長 馬越恵美子

 これまでの人生の中で、この人こそリーダーだ、と思えた人が数人いる。

 ひとりはヤマト運輸の小倉昌男さんだ。彼とは家が目と鼻の先だったので、数十年もの間、家族ぐるみで親しくお付き合いをさせていただいた。はじめは近所のおじさんだと思っていたのが、次第に社会的に相当に偉い人だ、ということがわかり、びっくりしたものだ。

 小倉さんは一言で言うと、自分に厳しく人に優しい。小倉さんがお元気だったころ、ヤマト福祉財団を訪ねたことがある。大部屋の片隅に小さな机と椅子があり、そこが小倉理事長の居場所であった。自宅もしかり。家族には広々とした贅沢なスペースを惜しみなく与えていたが、彼の部屋はこじんまりした学生の勉強部屋のようであった。夏休みにハワイでばったり出会った時も、ワイキキの浜辺で家族のためにせっせとビーチ用具を運んでいた。その甲斐甲斐しい姿が今でも脳裏に焼き付いている。しかし、自分の決めたことは曲げない強い信念の持ち主だったことは誰もが知るところである。まだ宅急便を立ち上げる前のころだ。あるとき小倉さんの運転手付きの車に乗せてもらったとき、タクシーが無理やり割り込んできて接触事故を起こした。そのときの小倉さんの形相は、当時高校生だった私も震えあがるほど怖かった。理不尽なことは許さない、その激しい気性を垣間見た。後に、ハンディのある人たちが月一万円という安い給料で作業所で働いている様子を見て、これでは親にプレゼントも買ってあげられないと怒り、ダウン症の方々が働けるカフェを開店し、月十万円稼げるよう支援したことにも、そのぶれない心根が表れている。このように信念を貫き通した小倉さんは本物のリーダーに違いない。

 もうひとりは、フランス人の親友で、カルメル修道女に転身したミリアム。彼女の父親は伯爵で、裕福な家に育った彼女とは、パリのソルボンヌ大学近くの寄宿舎で半年、寝食を共にした。困った人がいるとさっと手を差し伸べる優しい人だった。世の不正をただすべく検事になろうと、パリで勉強していたが、あるとき神の啓示があり(彼女によれば)、検事より崇高な職業である、「祈り」に徹するため、修道院に入ることを決意した。その彼女に、数年前に修道院で三十年ぶりに再会した。近づいて抱きしめたい思いに駆られたが、鉄格子の向こう側にいる彼女には触れることは許されない。でも、その笑みの美しいこと、この世に天使がいるとしたら、彼女のような表情をしているに違いない。まったく年を取っておらず、昔のまま、快活で良く笑う。自分のことよりも人のことを大切にする姿はひとつも変わっていなかった。たとえば、私の両親の命日をしっかり記憶しているし、世界情勢にも精通していて、何かにつけ、祈りを捧げてくれている。3.11の大震災の後もなんと、電話をかけてくれた。カルメル修道女にとって国際電話をかけることは至難の業である。そういう文明の利器は個人的には使うことができないから。そこで彼女は修道院で外部との接触を担当している人にワザワザ頼んで、私の安否を確かめる為に電話をしてきたのだ。彼女には自分に対する執着がない。だから、常に世界に目を向けて、世界のために祈ることができるのである。まさにNoblesse oblige.(高貴なものの義務)を体現した人である。これも、真のリーダーの姿ではあるまいか?

 Leaders oblige. リーダーにはリーダーとしての高貴な義務があると私は思う。人に優しく自分に厳しく、信念を貫き、自分への執着を断ち、常に地球儀を頭と心に置く。このようなリーダーこそ、コーポレートガバナンスに必須ではないだろうか。もし自分がそのような域に少しでも近づくことができるのなら、ガバナンスの仕事をひろげていきたい。その日の来ることを願いつつ、今日も精進しよう。