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コラム:業績と役員報酬の関係はどのくらい大きいのか

2012/11/08

早稲田大学 商学研究科 教授 久保克行

 私の研究グループは日本の経営者のインセンティブについて、1970年代からの長期データを収集し、分析するという作業を続けてきている。本来は社長の個人報酬のデータが利用できることが望ましい。しかし多くの場合、公開されていないため、公開された情報から社長個人の報酬を推定し、その値をもとに分析を行っている。これらの報酬のデータや社長の自社株所有、さらに保有ストックオプションに関するデータセットを整備するために、有価証券報告書や様々なデータベースを用いている。

 このデータを用いていろいろと分析を行ってきた。まず、注意すべきことは、経営者の報酬を考える際に重要なのは、報酬のレベルではなく、業績との関係だということである。一般に社長の報酬に関しては、いくらもらっているか、ということに注目が集まりがちで、メディアの注目もこの点のものからがほとんどである。しかし、企業の行動や業績という観点から見ると重要なのは、この「いくらもらっているか」ということではなく、「業績を向上させた場合に経営者の所得がどの程度増加するか」ということである。この点を我々は報酬業績連動度と呼んでいる。

 非常に単純な考え方であるが、株価が上昇したときに、経営者の所得が上昇するのであれば、経営者は株価を上昇させるインセンティブを持つと考えられる。ところが、この関係が弱いのであれば、経営者は株価以外の目的をもって企業を経営するかもしれない。そこで、株価と経営者の間にどのくらいの関係があるかを調べようという研究が世界中で行われてきた。私たちも、そのような問題意識から分析を行った。ここでは報酬と呼んでいるが、実際には役員報酬や役員賞与に加えて経営者が受け取る他の収入も含めて分析を行っている。特に経営者が所有する自社株の価値の変動は業績との関係が大きいため、この点を考慮しないと経営者の所得と業績の関係を正しく理解することが難しい。

 この分析で明らかになったことは、企業の業績、特に株価と日本の経営者の所得の関係は弱いということである。ある意味、当然と考えることもできる。しかし、日本の大企業の経営者が、株価を上昇させるインセンティブをどの程度持っているのかを定量的に把握したことは重要な結果であると考えている。これらの結果と分析に関する詳細な内容は書籍や論文として公表している。

 ここでは、2007年の日本のデータを用いた結果を紹介しよう。分析の対象は日経225に含まれている企業のうち、金融機関や電気ガスなどの規制産業を除いた企業である。それぞれの社長について、年間の株価上昇率が1%増加したときに経営者の所得がどれだけ変化するかということをいくつかの手法で計測した。さらに、その結果をもとに「株価がある一定額変化したとすると、その社長の個人所得はどの程度変化するか」ということをシミュレーションで計算した。その結果、株価上昇率が1.9%から20.8%に上昇すると社長の収入は典型的には約2,000万円増加するという結論が得られている。この数字が私たちの研究結果の重要な結果である。

 この結果をアメリカの研究結果と比較してみよう。アメリカの研究では、同程度の業績改善を達成した大企業のCEOは典型的には4億円の収入増となっている。いいかえると、日本の経営者は株価を上昇させるようなインセンティブを持っていないといえる。日本企業がアメリカ企業と比較して株価を重視した経営を行わないということはしばしば指摘されているが、そのメカニズムのひとつに経営者の報酬があると言えよう。もちろん、日本型とアメリカ型のどちらが望ましいかは一概に言えることではない。ただし、過去の研究では、経営者のインセンティブと企業の業績の間に正の関係があることが知られている。また、投資を行う際に経営者の報酬体系を調査する海外投資家もいるかもしれない。これらの観点から、現在の報酬体系を考え直す必要があるかもしれない。