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役員向けケーススタディ研修を通じたガバナンス・リテラシーの維持向上

2012/07/09

西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士 武井一浩

 コーポレート・ガバナンスの維持・拡充には、ガバナンスをまさに担っている方々の現場レベルでの職責が具体的に理解されていることが重要となります。

 ガバナンスというと何かと社外役員や監査役が議論の俎上に上がりますが、彼らの守備範囲もヒトの仕事として合理的に整理して考えていく必要があります。社外取締役や監査役は、業務執行を行わない会社役員(非業務執行役員)です。業務執行を行わない役員を会社法が設置強制しているのはなぜなのか。シンプルな理由は業務執行から不可避的に生じる利益相反の懸念を解消するための監督機能です。こうした利益相反の懸念を解消する監督機関は、世界中の株式会社においていわゆるSupervisory Boardとして必ず置かれています。

 非業務執行役員ですから、常に、他人が仕切っている業務執行に口を出すのが職責なわけです。他人が仕切っている事項にいかなるときに口を出すべきなのか。口を出すべきときに出さないとどうなるか。その非業務執行役員は、その他人と一緒に、善管注意義務違反として法的責任を問われるわけです。自分の所に来ていたボールをスルーしたと認定され、いわば「原告席にいた者が被告席に回される」状況に陥るわけです。ただ他方で、外のヒトが何でも口を出すと損なわれるのが業務執行現場における効率性です。この両者をいかにバランスさせるのかは、机上の空論で考えてもなかなか答えが出ない話であり、ガバナンスの話がなかなか現場レベルでの腑に落ちた理解が浸透しづらい一因でもあります。

 ちなみに非業務執行役員は、社外取締役や監査役に限らず、日本の社内取締役の皆さんが該当します。自らが担当している業務執行事項以外の事項についても、取締役会の一員として法的に監督義務を負っているからです。まさに会長クラスのトップのかたを含め、監督義務の話は皆さんにとってまさに「他人ごと」ではないわけです。

 監督機能の実効化がコーポレート・ガバナンスの維持・強化の一つのキモとなるわけですが、監督義務が適切に履行されるためには、これまでの判例法などから整理しますと、以下の三つの能力が現場レベルで必要となります。第一が、来ているボールや捕ったボールが黄色信号なのかどうかを判別する能力です。第二が、仮に黄色信号なのだとしたら、いかなるアクションの選択肢が現にあるのか。選択肢を出来るだけ多く創造できる能力です。第三が、いかなる具体的なアクションをすれば社内なり関係者に納得した早期解決が図られるかという現場調整能力です。

 これら三つの能力のリテラシーを全役員レベルで高めておくことが自社のコーポレート・ガバナンスの維持・向上に密接につながるわけですが、そのためには具体的事件からのケーススタディを行うことがひとつ効果的です。というのは、実際に監督義務違反が認定されている事案の多くが、社内で何らかのイレギュラー事象が発覚した後の処理が不適切だったという事案だからです。こうしたクライシスマネジメントのシチュエーションでは短期に一気に膿を出し切る対応が求められますが、役員のかたにはきわめて短期間で重大な判断が迫られるわけです。従って日頃からケーススタディを行い、いざというときの思考回路を常時から備えておくことが全役員さんに必要なのです。弊職も役員様向けのケーススタディ研修などでお話しする機会等が増えています。

 第一の能力で信号を適切に判別できるためには、自社が社会において求められる役割や社会の目線、さらには社会における付加価値創造のあり方等や企業理念など、かなり根幹的かつマクロ的な視点からの思考も求められます。

 第一能力も重要ですが、第二能力である選択肢を思い浮かべる能力は、現場でもまだまだ改善余地があるようです。第二能力がないと、今度は第一能力のほうに跳ね返って、来ている黄色信号のボールをそもそも拾おうとしない行動が誘導されます。「言っても無理」などとあきらめる前に、実は案外いろいろな選択肢があるものです。過去の法的事例を見ると「せめてこれぐらいのことはできたはずだ」と事後的に指摘・認定され、役員に監督義務違反が問われています。ここで指摘されている作為の内容は本当にちょっとしたこと、差異なのです。ちょっとした気付き、創造力の差で、法的には被告席に回るかどうかが決まることが少なくないわけです。

 ここ最近の重大諸事件にしても、単にマスコミの報道等を復唱するのではなく、具体的日時から遡って、自社の経営現場に置き換え、自社ならどういう対応があり得たのか。各役員のかたが自分の立場に置き換えて考えてみると、他山の石として学ぶべき点は案外たくさん出てきます。グローバル競争が激化し経営環境が厳しい時代であるからこそ、こうしたリテラシー向上への役員・幹部向け研修等の取組みも、定期的に行っておく必要があると思います。