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コラム:会社法改正論議に見る既視感

2012/05/10

株式会社イトーヨーカ堂 顧問 稲岡稔

 昨年末、法制審議会が会社法見直しに関する中間試案を発表して以来、賛否両論の論議が続いている。この論議をめぐるそれぞれの(特に見直し反対派の)思考プロセスを見て、私は一種奇妙なデジャヴュ(既視感)に襲われ、フラフラと軽いめまいを感じた。それは会社法の世界にとどまらず、近・現代日本で、いまに至るまで続いてきた、定形化した思考様式、政策決定プロセスではなかったか。

 「中間試案」は審議会の答申案にしては珍しく、はっきりと改革案と現状維持案とを同列に並列している。「経済界の方たちからは・・・ガバナンスの見直しを必要とするような立法事実はないという主張が審議会で繰り返し行われた」(岩原紳作・東京大学教授=同審議会会社法制部会長=)*1「一方で日本のコーポレート・ガバナンスにはかなり問題があるという批判、あるいは意見が内部であることも確かであり・・・」(同)*2という状況のもと、部会内で調整がつかなかったためだ。

 私も昨年12月、経団連での法務省民事局・参事官室の説明会に出席した。経団連の関係各委員会の代表の方たちは異口同音に「日本には日本のガバナンスがあり、それは有効に機能している。この不況下に新たな規制を導入して企業の競争力を削ぐのはやめてもらいたい」といった趣旨で発言されていた。日本の経済界に身を置く一人として、その論議は心情的によくわかるものがあった。


 一方で最大の議決権行使助言会社であるISSは、「2012年取締役選任ポリシー」でいよいよ「ことしの重要な変更点は、総会後の取締役会に社外取締役が一人もいない場合、社長や会長などの経営トップである取締役に反対(投票)を推奨することだ」「ここで社外取締役に独立性は求めない。また取締役会の構成のみに着目し、業績は考慮しない」「本ポリシーは2013年から適用の予定」(石田猛行・ISSエグゼクティブ・ディレクター)*3と、1年の猶予期間を置きながら、しかも極めてゆるやかなものながら、ガバナンスの核心に踏み込んだ。

 これまでISSは、日本の企業風土やインパクトの大きさを考慮して、日本についてはあえて世界の資本市場のデ・ファクトスタンダードを採用してこなかったが、いよいよミニマムな条件をつけざるを得ないところまできた、ということである。上場企業では議決権ベースでの外国人の持株比率が30%を超えている、といったところが少なくない。経営トップの選任に「否」を投じる、というISSの方針は、半数近いとみられる社外取締役のいない上場企業のトップにとって衝撃だろう。ISSが求める次の基準は社外取締役の独立性であろう。「(経営トップに任命された)内部者のみで構成された取締役会が自らを監督することはできない」(同)*4という、論理的に覆しにくい論拠に立っているからだ。会社法362条2項は取締役会の職務として二号で「取締役の職務の執行の監督」としている。これこそがコーポレート・ガバナンスの核心であって、本来、日本型もアメリカ型もないはずである。

 また同項三号は「代表取締役の選定および解職」と定めている。しかしメディアまでが新社長の紹介記事で「昨年末、社長に呼ばれて次は君にやってもらうといわれた時、身の引き締まる思いがした」などと新社長のいうとおりに書いている。「取締役会に呼ばれて」といっている新社長はほとんど見かけないし、日経ですら平気でそう書いている。ここには日本の近・現代史を支配し続けてきた「儒教的稲作ムラ社会の行動倫理」と「建前のフィクション性」が如実に現れている。

 法相が今回の審議会に2つの重点項目、企業統治のあり方と子会社に対する規律とを諮問した背景には「非常に大きい問題として日本企業のパフォーマンスが他国の企業に比べてかなり劣るということ。・・・日本の資本市場が魅力を失っているし、日本経済の活力を削いでいるのではないかという批判が非常に強くある」「特に機関投資家からは日本企業のパフォーマンスの悪さに対して非常に強い批判がある」「ガバナンスのあり方が必ずしも株主の方を向いておらず・・・」「日本の経営に対する資本市場からの強い批判に特に危機感をもっているのは金融庁、証券取引所」(岩原教授)*5という、日本企業の存立の本質にかかわる課題がある。そしてその課題は、極めて重い。


 部会内で調整がつかなかった、といった状況と、その後の政策決定プロセスとは、いまに至るまでの日本現代史と悲しいまでに、同じパターン・行動様式で繰り返されようとしている。思えば、太平洋戦争に突入した政策決定プロセスも、いろいろな見方があろうが、「不条理に至るプロセスは・・・日本陸海軍が・・・互いに妥協し、相互に自己正当化し、そして互いに自分にとって都合のいい『あるべき世界』を形成し、『現実の世界』との乖離を拡大させていった」(菊澤研宗・慶応義塾大学教授)*6といったプロセスであったし、戦争終結にいたる政策決定プロセスも同様であった。

 そして実質的な政策決定者は誰も責任を取らず、その結果を負ったのは未曾有の惨状にさらされた一般国民であった。一貫して「あるべきリーダー像」が見失われてきたし、そこには「集団ムラ社会の行動倫理」しかなかった。「そう、日本を司る組織の発想、行動は、いまに始まったことではないのである」(戸髙一成・大和ミュージアム館長)*7

 現下の日本の財政危機についても同じことが語られている。「じっくり『なぜこうなったの?』という問いかけに対する解答を突き詰めることが棚上げされてきた」し、「日本の制度変更や構造的改革には・・・こうした感覚がつきものだ。正面から回答を求めることなく、当座の状況を乗り越えることに意識を集中させる指向性」(浜矩子・同志社大学教授)*8といわれている。

 最近「決められない日本の政治」*9とか、「決められない日本」*10といったいいかたが目立つ。「私はいま、円と国債はバブルだと思っています」「なぜ日本は通貨(円)と実体経済がこんなに長期間合わないのか。それは、日本が社会主義的国家だからです」「日本の財政が危機的な状態になったら、・・・IMFが入ってくると思います」「IMFの手助けがあって、初めて日本は・・・資本主義国家、そして企業も『真の株主資本主義』に変わると思います」(藤巻健史・(株)フジマキ・ジャパン社長)*11ここでも制度のフィクション性が鋭く突かれている。

 著者は80年代-90年代の日本で東京市場唯一の外国銀行・日本人支店長となり、モルガン銀行会長から「伝説のディーラー」のタイトルを贈られた敏腕ディーラーである。その言だけに説得力がある。そして「IMF管理になる前に、自ら財政再建計画を打ち出すしかない」*12といった論議が日経の紙面にさえ見られるようになった。もっとも最近IMF筋と接触した友人は、IMFは「日本は大きすぎて(社会構造がややこしすぎて、というのが本音か)入れない」ともらしたというが、それはそれで考え込んでしまう。


 会社法制部会は2月末から審議を再開したが、メディアからは「企業統治強化、議論進まず、経済界反対、政官も慎重」*13と書かれる始末。部会長の岩原教授も「現在のところ中間試案に出ている案は、二つの基本的な考え方が十分調整がつかないまま案として提案されていて・・・これ(の調整)は非常に難しい。・・・実際に法律に詰めていくときに大きな問題になるのではないか」*14と見ておられる。結局のところ、日本のコーポレート・ガバナンス制度の規範は現状どおりで先送り、ということになりそうに見える。審議会の決定ならそれはそれでよかろうが、またしても日本現代史のデジャヴュにフラフラしなければならない。

 気がついてみれば日本はコーポレート・ガバナンスの国際比較で順位も定かでないほど下位に位置し、アジアでも社外取締役を義務づけていない唯一の国になった。「それはアメリカ型スタンダードで見ての一面的な見方だろう」という反論はできる。しかし世界の機関投資家の運用資産の大きさ、日本企業の株価を決める力の60%以上が海外の機関投資家であるという事実を前に、株価は時価総額そのものであり、それは経営者の評価の最上段にあることを考える時、その論議は世に向けて説得力をもつだろうか。

 既にガバナンスのデ・ファクトスタンダード、グローバル・スタンダードは確立してしまっている。マーケットの動向をいう経営者が、資本マーケットの動向を見ないなら、さらに説得力が欠けるといわれよう。何よりISSの根源的な問いかけに何といって論理的に反論するのだろうか。日本を代表する上場企業の中には監査役会を残しながら、海外機関投資家やISSの要求事項を十分に満たす制度設計をしておられるところも多い。トップ経営者の考える力が問われるところであろう。何かといえば口にされる「グローバライゼーション」の深い淵の中に飛び込んでいく企業と、これまでどおり核心的な課題を先送りし続ける企業との格差が顕在化せざるを得ない状況になった。日本固有である集団ムラ社会の行動倫理で、課題を先送りする行動パターンは、既にその有効性の限界を超えたのかもしれない。


*1:旬刊商事法務2012年2月5日号No.1956
*2:Ibid.
*3:旬刊商事法務2012年3月15日号No.1960
*4:Ibid.
*5:Ibid., No.1956
*6:「日本国の失敗の本質」中央公論2012年1月号別冊
*7:Ibid.
*8:浜矩子・同志社大学教授「財政恐慌」、2012年3月
*9:岡部直明・客員コラムニスト「核心」日経、2012年4月2日
*10:NHKニュースウォッチ9・大越健介キャスター、2012年4月2日・3日
*11:藤巻健史『なぜ日本は破綻寸前なのに円高なのか』幻冬舎、2012年1月
*12:Ibid. 岡部直明・客員コラムニスト
*13:日経、2012 年3月16日
*14:Ibid. No.1956