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コラム:内部統制は、経営者不正に対して無力なのか?

2011/12/12

青山学院大学大学院教授 八田進二


1.「オリンパス事件」と「大王製紙事件」が示唆するところ

 オリンパス事件では、20年にわたって隠蔽され続けた「損失飛ばし」の発覚により、国際優良銘柄企業は、一企業の不正問題の域を通り越して、わが国証券市場の信頼を一気に失墜してしまったのである。とりわけ、問題視されたことは、こうした不正会計を主導していたのが、一握りのトップマネジメントであったこと、さらには、独立的な監視が期待される社外役員(社外取締役及び社外監査役)が、全く機能しなかったことから、わが国企業のガバナンスの脆弱さが国際的に露呈したことである。一方、大王製紙事件では、トップ自身が、私的遊興目的に複数の連結対象子会社から、自己取引に該当するにも拘わらず、何らの抑止機能も働くことなく、短期間に巨額の資金供与を受け続けていたことで、オーナー経営の問題点が指摘されているのである。と同時に、2008年4月から導入された内部統制報告制度が全く機能しなかったのではないか、との厳しい批判も見られるところである。

 確かに、内部統制の限界として、複数の担当者による共謀により、あるいは、経営者が不当な目的の為に内部統制を無視ないし無効ならしめることのあることは、知られているところである。しかし、今回のオリンパス事件や大王製紙事件は、本当に、この内部統制の限界を示す事案として片づけることのできるものであろうか。


2. 内部統制の本義に戻ること

 企業のトップは、最終的に内部統制に責任を負っており、それゆえ、内部統制システムの「所有者」である。そのトップの誠実性や倫理観、さらには経営者としての意向および姿勢こそ、内部統制の基本的要素である統制環境の中核をなすものであり、それを度外視して内部統制の有効性に関する評価はあり得ないのである。つまり、内部統制報告制度の導入に際しても、種々議論がなされたところであるが、その評価に際しては、トップダウン型のリスクアプローチの活用を要請しているように、全社的な内部統制の評価を起点に、業務プロセスの評価へとブレークダウンすることになる。したがって、内部統制の最重要評価項目は、この統制環境の中核にある経営者の資質ないしは有り様と、それに伴う経営者の姿勢であり、それこそが、まさに有効な内部統制の整備、運用の基本であることを軽視してはならないのである。こうした基本的理解を踏まえた内部統制の整備、運用並びに評価がなされるのであれば、経営者不正といえども、多くの視点で抑止、防止ないしは早期発見が可能となるであろう。


企業トップに関する内部統制を監視するのは誰なのか

 株式会社の場合、経営を担当する取締役の職務の執行を監視する役割を担うのは、とりもなおさず監査役(会)であり、それは、株主の代理としてトップに関する統制環境を中心にモニタリングすることを旨としている。それゆえ、監査役は、内部統制の番人と称することができるのである。と同時に、財務報告に関する内部統制に関しては、会計監査人(いわゆる外部監査人)が経営者評価を前提にした内部統制監査を行っていることから、監査役は、その会計監査人の監査の方法及び結果に対しての相当性の判断をすることで、自らの任務の遂行を図ることになる。したがって、監査役と会計監査人は、当該企業の内部統制が有効であるか否かを検証するために、密な連携を図って円滑な情報提供を確保するとともに、健全な企業経営が存続するための監視を行うことが求められているのである。


3. 企業不正の防止に向けた、究極の課題

 いかに磐石かつ厳格な制度ないしは仕組みであっても、それを適用ないしは運用するのは、われわれ人間である。したがって、個々の人間の資質及び意向が適切なものであることの担保として、当人の倫理観ないしは誠実性を醸成することが究極の課題であるといえる。

 ところで、コーポレート・ガバナンス議論には、ステークホルダーに対する説明責任の履行の観点から、経営の執行と監督の分離や社外役員の登用等、見える形での仕組みとしての議論(いわゆる「仏」を作る議論)と、そうした仕組みを、名実ともに有効に機能させるために不可欠な当事者の能力及び資質等を担保するための議論(いわゆる「魂」を入れる議論)の両面がある。経営者不正を含む企業不正の場合、この両面についての厳格なモニタリングを適切に行うことが今更ながらに必要であることが強く理解されるのである。