100309_01column.jpg

コラム:会計士と弁護士の共同作業の必要性

2010/03/09

アンダーソン・毛利・友常法律事務所 弁護士 池永朝昭氏

 当協会の内部統制ワーキング・グループの座長として、投資家にわかりやすい開示という視点から内部統制報告書、内部統制監査報告書、監査報告書等を統一的に検討するという作業を行っているが、現役社外監査役かつ内部統制に関する法律実務を扱う身として実感するようになったことがある。それは次の二点である。

 第一は、会計士の使用する言葉の意義を弁護士はよく理解しないで使っている場合があるという事実である。例えば「監査」という言葉がある。会計士にとっては重大な虚偽表示が発生する可能性が低いという合理的保証を与えるための基礎を得るための作業であり、「監査」と「レビュー」には質的かつ実際的な違いがある。ところが、法律家は「監査」という言葉をそこまで厳密に定義づけて使っていたとは思えない。「監査」と、「監督」や「監視」を混同している例さえある。こういうことは、内部統制がトピックとなる場合にはたくさん起こっていると思われる。

 第二は、会計士は会計上の原則が時に法規範となっていることに意識があまり及んでいない場合があるということである。例えば、金商法は、「内閣府令で定めるところにより評価した内部統制報告書」を提出することを求めているのであり、内部統制府令は、財務報告に関する内部統制報告に係る評価基準及び実施基準が一般に公正妥当な評価基準といっている。評価を誤れば報告内容に虚偽記載が発生する可能性があるのだから、そういう意味で基準及び実施基準は、有価証券虚偽記載罪の構成要件や、金商法上の虚偽記載の民事無過失責任の要件の実質的な一部となっている。このことに、会計士はあまり意識がいかないように思える。しかし、法律家は刑事責任や民事責任があるかを判定するために、法規範として基準及び実施基準を読む(ただし、通常の法規範とはかなり違う解釈の幅が大きいものとしてだが)。

 つまり、基準や実施基準を、会計士は会計士なりの読み方をし、弁護士は弁護士なりの読み方をし、両者がそのアプローチの違いを理解していない場合があり、そのことに気付かないまま両者が議論しかみ合わないということが起こり得るということである。

 もちろん、このような事態は好ましいことではないし、財務報告の信頼性に係る内部統制をより発展させるためには、双方が用いている用語の定義に十分意識を払いつつ、多いに議論を活発にすることが必要である。そのことを通じて、会社法の開示と金商法の開示の機能の違いを意識しつつ、会社債権者や投資家にとってよりよい開示制度が構築できるのではないかと感じている。内部統制WGはそれを実践する良き場であり、非常に多くのことを私は学んでおり、出席するたびに「得をした」と感じてオフィスに帰っている。

 その成果がちゃんと報告できるように頑張りたいと思う。