当代気鋭のオピニオンリーダーに、現代日本におけるコーポレート・ガバナンスに関するさまざまなテーマについて、ご寄稿いただきます。
日本取締役協会 第8回定時会員総会 特別講演より
私はほぼ9年間、宮内義彦会長の下で規制改革会議の委員を務め、社会的規制を主として担当し、多くの勉強をさせていただいた。その間、宮内会長の指揮ぶりや会社経営の方法の片鱗を拝見したが、残念ながら規制改革の成果は上がらず、当時の宮内会長のお言葉を借りると「遅々として進んでいる」という、やや日本語にならないような表現だった。しかし今はむしろ逆行しており、しかも、年々そのスピードが高まっているという信じられない状況である。
今日の日本の企業社会は、企業倫理を重視する企業人と企業倫理を軽視する企業人とに分けられる。一方では、純粋に企業倫理の進歩のために努力している企業人も少なからずおり、またビジネスと社会改革とを結び付けるという社会企業家のような利他主義的な人たちも出現してきている。だが、他方では、自己の栄達や金儲けのためには、手段を選ばない企業人も依然として多い。
当協会の内部統制ワーキング・グループの座長として、投資家にわかりやすい開示という視点から内部統制報告書、内部統制監査報告書、監査報告書等を統一的に検討するという作業を行っているが、現役社外監査役かつ内部統制に関する法律実務を扱う身として実感するようになったことがある。それは次の二点である。
09年版の総会白書によればビデオやプロジェクターを利用した株主総会のビジュアル化を採用している会社は73%に上っている。対象としては事業報告や連結計算書類の内容が圧倒的である。資本金500億円超の企業では約半数がナレーションも用いて、議長の負担を軽減している。多くの会社の招集通知添付の事業報告は白黒印刷の無味乾燥な文章の羅列にすぎない。これを年配の議長が老眼鏡に掛け替えて、一字一句間違えないように読み続けるのは苦行に近い。これをカラーにしてグラフ化したり、工場や新製品の映像を挿入したりしてビジュアル化し、プロのナレーターにより説明する方が出席株主にとってわかりやすく、会社の現況の理解が進むことは間違いない。株主が飽き飽きしたという顔つきで早く質問をさせてくれとばかりにモゾモゾしているのも誠に気の毒な光景である。
株式会社のガバナンスの面で近年放置できなくなっている問題は、株主総会の権限をどうするかである。株主総会は株式会社の最高意思決定機関であることに違いはないが、そうはいっても、特に大規模の会社において、多くの株主は日常業務に関心がないし、重大な問題を処理するための十分な知識も経験も乏しい。そもそも数万人の株主をサッカー場に集めて、さあ議論しよう、さあ決議しようなどというのはナンセンスとしか言いようがない。それならば、会社法が伝統的に株主総会の決議を要すると定めてきた行為について、総会決議は不要であるという制度に改めればよいのか。もしそういうことになると、経営陣の独走になってしまうおそれはないのか。脱株主総会決議はどのようにして達成すべきなのか。一つの例で考えてみたい。
政党政治は政党が政権を運営する仕組みである。そして政党は政権を目指してお互いに競争関係にある。選挙や世論を市場と置き換えれば、市場を舞台に競争しあう企業との類推で政党を論ずることは可能のように思える。選挙市場は本来「全て」か「ゼロ」かの世界であり、シェアの増減といったベンチマークを念頭に置く競争関係よりも、ずっとタフである(「ゼロ・サム・ゲーム」の世界)。これまで日本では事実上政権交代がなかったため、競争関係は限定的な状態にあり、いわば、圧倒的に強い一政党を前提にしたシェア争いの状態にあったが、政権交代が現実のものになるにつれてこの構図は崩れた。かくしてハイリスクな競争関係が全面的に開花する時代に入った。これが政党を取り巻く環境を一変させ、内部組織のあり方を含め、従来のあり方の大胆な見直しを促すことは必至である。
今回の経済・金融危機を引き起こした要因をめぐり、短期利益志向=株主重視のアメリカ型コーポレート・ガバナンスの失敗だ、やはり長期的・全ステークホルダー志向の日本型経営が正しかったのだ、との声が一部で聞こえてくる。
日本取締役協会 第7回定時会員総会 特別講演より
2008年8月1日に大臣職を離れ、私にとっては良いタイミングではあったが、企業の方は厳しい毎日を送っていらっしゃることと思う。このところ一時期の凍えるような感じは、少し和らいだ感もあるが、まだまだ楽観できない。特に日本の場合、何ら問題が解決していない。本日は、足元の経済状況から始めて、日本が今なすべきことをお話しする。