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コラム:きものの価値を見直す

2013/09/09

株式会社さが美 代表取締役社長 平松達夫

 日本取締役協会からのコラム「元気な日本経済のために」への寄稿の依頼を引き受けたことを後悔しながら、この原稿を書いているのは締め切りも迫った8月15日です。さらに「きものの価値を見直す」といういささか大上段に振りかぶったタイトルにも、他に見当たらなかったとはいえいささか恐縮しながら書き始めています。

 8月15日という日は、きものにとって因縁の深い日です。なぜならきものが1980年に1兆8千億円あった市場規模が現在6分の1の3千億円程度に縮小した原因の最も大きなものは、8月15日に終戦の日を迎えた戦争にあるからです。

 戦時下の1942年、婦人標準服が厚生省より決定され、戦時下での訓練や避難などで和服は適さないとして、洋装化が推奨され進められました。この決定が戦後の女性の洋装化に決定的な影響を与えました。

 ただこの決定には背景があります。それは関東大震災(1923)と白木屋百貨店火災(1932)です。関東大震災では避難における和服の非活動性が問題になり、服装改造論が起こります。また白木屋火災では和服女性22名が死亡し、生活改善運動による洋装化を世論が後押ししました。そして戦争です。これで和服から洋装への変革は決定的になりました。

 以上から分かることは、きものは戦争や災害のない平和な社会が前提だということです。

 では、なぜ洋装化が進んだ1980年まで、きものは売上を伸ばすことが出来たのでしょうか。

 背景にはやはり戦争の影響があると思われます。戦後の食糧難で買出しに使われたのが高価なきものだったというシーンを映画などで見た方も多いと思われます。女性が母親から譲られたあるいは気に入ったきものを手放す心理は、男性には理解しがたいほど忘れ難い体験だったに違いありません。そのような体験が、戦後の高度成長期に訪問着や留袖といった高価な式服の需要を心理面で支えました。もちろん催事とローン決済というシステムで呉服店が需要を喚起しましたが、それだけでは説明できません。

 もう一つ8月15日が、きものに因縁があるという理由があります。

 それはお盆です。ご存知のようにお盆は13日に迎え火をして祖霊を迎え、14、15日で仏壇に供え物をして迎え入れた祖霊を供養し、16日には精霊送りの送り火をして送り出す日本の伝統行事です。この祖霊を迎え送り出すという形は、奥能登で今も行われているアエノコトに見られる田の神さまの信仰と関係があると言われています。毎年豊穣をもたらす神として信仰されてきた田の神信仰が、祖霊信仰と結びつきお盆の行事になったのではないかと言われています。

 瑞穂の国日本は、稲作の国です。稲作は天候と深い関係にあり、人々は暦がなくても自然の観察から、稲の植え付けや刈り取りまでの時期を判断して来ました。つまり日本の習慣や文化は、自然との深い関係の中で築かれたものと言ってもいいでしょう。

 きものもまた自然との深い関係のなかで育まれてきました。

 農家の女性を中心に手仕事で紡ぎだされ織られて来たつむぎは、苧麻や木綿を天然染料で染めた作業着でした。そこから絣という日本の美しい模様が生み出され、紅花や藍という代表的な染料も発見・生産されてきました。

 また代表的な染物である友禅染は、四季の草花を写し、デザインし様式化して来ました。さらに尾形光琳を中心とする琳派の隆盛が、手描き染によるのきものの美しさを芸術の域まで推し進めたといっても過言ではありません。
以上が、8月15日がきものと深い因縁にあるという理由です。

 その理由から、きものの価値が見直される条件が見えてきます。

  1. 災害や紛争・戦争のない平穏で平和な社会であること。
  2. 日本の自然との関係を大切にする文化や伝統といった価値が尊重される社会であること。
  3. そして何よりも女性が美しくあること。

 では、現代社会にきものの価値の見直しと事業の成長は可能なのでしょうか。

 効率と生産性のみが追求され、人間らしさが失われていく社会ではきものは存在価値を失って行くでしょう。

 持続可能な社会を目指して自然環境が守られるだけではなく、巡る季節がもたらす豊かさに人々の目が行き、時がもたらす歴史や伝統・文化の厚みが私たちの生活の拠りどころと感じられるような社会が希求される社会では、きものとそれがもたらす生活の価値は必ず見直されると確信しています。

 現在、日本が直面している高齢化社会も見方を変えれば、人生経験の豊かな人たちが多くなり、一人一人の人生の経験の多様性がモノではないコトの豊かさを生み出す社会と肯定的に見れば、きものというモノではなくゆとりあるきものの生活というコトを売るという方向性でなければなりません。またきものを民族衣装という既成の伝統ではなく、現代社会できものの生活の積み重ねによる新しい伝統を創り出すという姿勢も必要でしょう。

 そのためにはきもの事業に携わる私たちが、きものを歴史・風土を経糸に人の手仕事を緯糸で織り上げるヒューマンワークの物語として、お客様に伝えていくことが何よりも大切ではないでしょうか。

 そうした覚悟を持つことが、迂遠なようですが、事業の成長を可能にする道だと思われます。