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コラム:いつの日か「闘う女」を返上して...。

2012/07/09

ダイヤル・サービス株式会社 代表取締役社長・CEO 今野由梨

 闘う経営者などという可愛気のない呼ばれ方をしたいとは思わない。第一、闘うつもりで起業したわけではない。大学卒業後雌伏10年、やっとの想いで会社を創ってみたら、闘わざるを得ない状況が大口を開けて待ち受けていたのだ。

 1969年5月1日、日本初の女性の女性による女性のための、電話を使った双方向24時間生活情報サービス「ダイヤル・サービス株式会社」が誕生した。やる気を見せすぎる、屁理屈を云う、可愛気がない等の理由で就活に完敗したおかげで、思いもよらぬ起業家への"けもの道"に迷い込むことになった。自分らしく生きる場は自分で創るしかないのだと痛いほどに思い知らされてのことだった。

 創業の日をとりあえず、決意したその日から正確に10年後の1969年5月1日とだけ決めて、その10年のほぼ半分をニューヨークとベルリンを中心にヨーロッパで過ごした。

 10年もの歳月を投資したのに、帰国し、創業してみて、改めて日本という国の後進性に驚かされた。めざましい高度経済成長を遂げていた国、日本は、モノと金以外のことには無頓着だった。高度経済成長が生んだ急激な核家族化の影響が社会のあちこちに歪みを作っていた。若い母たちの育児ノイローゼと、それによる子殺しの多発、鍵っ子のひきこもり、お年寄りの孤独死などであった。

 同じ時代に生きる同世代の女性たちの苦しみに、まずは力になることからはじめようと、採算そっちのけで電話育児相談「赤ちゃん110番」を立ち上げた。女医、看護婦、教師、ライター、編集者など各分野のベテランで、自分たちも子育て経験者達が馳せ参じてくれた。当時、日本の小児科、産婦人科、心療内科の権威ある大先生達までもがボランティアで指導に当たって下さった。一年近くも研修を積み、準備万端、世界初のサービスが初日を迎えた。今思えば、日本にとっても、女性ベンチャーによる世界初のサービス、ニュービジネスが誕生した記念すべき日の筈である。

 朝日新聞全国版に小さなお報せが載った。その朝、全国からコールが殺到し、日本電信電話公社(NTT)の電話回線がパンクした。以来、私はあちこちでお叱りを受け、始末書を書かされ、ユーザー・ワースト・ワンのレッテルを貼られることになった。

 罪状は、公衆電気通信法(NTT以外の者が電話でビジネスをしてはならない)違反だった。他にも労基法違反(女性の深夜、休日労働)おまけに医師法、薬事法違反まで。

 世の為、人の為、国の為、これまで誰もやらなったことに勇気をもってリスクを取ってチャレンジしようとする度に、さまざまな法律・規制の壁に阻まれてお咎めを受けた。

 "おそれながらお伺いしたいのですが、咎められるべきはいったいどっちですか。世の中が求めるこれまでにないサービスをはじめたら、その結果、電話回線をパンクしてしまった。困っている人苦しんでいる人の役に立とうとする私たちベンチャーがそんなに悪いのですか。それとも、時代の変化が生み出した人々の熱烈な潜在ニーズにも全く気付かずに、カビの生えた法・規制やシステムを後生大事に振りかざす皆様方の怠慢ですか・・・!"

 一匹の蟻が巨像に挑むかのような闘いがはじまった。20年という永い年月を要したが、たくさんの法律や規制が撤廃、改正、緩和され、これまでになかった大きな新しい制度までをも生み出した。

 それまでは、情報分野では、独占キャリアであるNTTさんが回線使用料、つまり通話料だけを課金していた。

 しかし、「赤ちゃん110番」という世界初の電話サービスを企画し運営し、全国から電話回線をパンクさせるほどのコールを喚起したのは、私たちニュービジネスベンチャーである。それなのに、お金はすべてNTTに入り、24時間働いている私達には一銭も入らない。「情報料課金」という新制度を創らなければ、今後、この国に情報サービスは生まれない。私たちにとって死活問題だ。たとえどんな目に遇わされようと諦めるわけにはいかなかった。

 作家・遠藤周作氏の実兄であるNTTの大ボス遠藤正介氏は呻いた。「わが社に36万人もの社員がいて、誰からもこうした提案がなかったこと、こともあろうに女ベンチャーごときにやらされるのが、オレにはどうしてもプライドが許せんのだ」と。

 このくだりは、二年前のNHKの一時間ドラマ「たった一人の反乱」に詳しいが、この一言を境に、国もNTTも利用者に顔を向けて頂けるようになり、日本の情報通信の歴史が大きく舵を切った。NTTのオニ、遠藤正介氏も亡くなられるまで厳しくも力強いメンターとして応援して頂いた。

 このことがなければ、日本のネット社会も、世界に冠たるコンテンツビジネスもあり得なかったことを想って、ひどい目に遇ったけど、マ、いいか、と自分を慰めている。今は総務省さんともNTTさんとも、その歴史があったが故に信頼し合えるいい関係である。

 あれから数十年の月日が流れ、3年は持つまいといわれた、わがダイヤル・サービスは今年第44期を元気に迎えた。「赤ちゃん110番」「子ども110番」「熟年110番」と、沢山の企業さんのご支援を頂いて、元祖CSRを果たしてきた。

 今は、企業会員として、沢山の企業様の社員とそのご家族に向けて、24時間健康相談やうつの悩み、その他何でも相談して頂ける「トータルEAP(エンプロイ・アシスト・プログラム)」や、不祥事から企業を守る「企業倫理ホットライン」「セクハラ・パワハラホットライン」など、時代の要請を受けて新しいサービスが広がっている。

 考えてみれば私の人生は、いつも見えない敵との闘いの連続だった。人目にはどう見えるか分からないが、これを人生ゲームだと考えれば、お相手が巨大なだけに、これ以上面白くてやり甲斐も満足度も高いゲームは他にない。これからもやめられそうもない。

 今は、後から続くたくさんのベンチャーたち(日本、中国、韓国)のために、強いお母さんとして闘い続けている。いつの日か・・・。といっても、100才現役を宣言してしまっているから、100才を超え、息子娘たちがそれぞれの新しい国を作り、アジアが世界が平和に発展しているのを見届けたら、私だって「闘う女」を返上し、「かわいい」「やさしい」ひと、といわれてみたいと思っている。