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リレーブログ:英国のコーポレート・ガバナンスの背景にあるもの

2016/02/19

明治大学国際連携機構特任講師/コーポレート・プラクティス・パートナーズ株式会社 代表取締役 関孝哉

コーポレートガバナンス先進国と言われるイギリス。

第6回は、イギリスのコーポレートガバナンスに詳しい、明治大学国際連携機構特任講師、コーポレート・プラクティス・パートナーズ株式会社代表取締役の関孝哉さんに、ガバナンス先進国たる理由を、歴史的観点も踏まえて教えていただきたいと思います。

 今日のコーポレート・ガバナンス改革の原点をなす1992年の英国キャドバリー報告書は、コーポレート・ガバナンスを「会社が指揮され統制されるシステムで、取締役がその責任を負う」(system by which a company is directed and controlled, and directors are responsible) と定義した。取締役の責任、システム、会社、指揮、統制というキーワードが含まれ、信託から派生する取締役の受託者責任、法人化に伴う信託のシステム化、東インド会社から発展をつづけた株式会社制度、および指揮・統制にともなうチェック・アンド・バランスの強化が組み合わされる。

 特に信託は今日の国家、公益事業法人、営業信託、株式会社など仕組みの原点で、目的をもって所有権が移転された財産の管理に携わる者には忠実義務、注意義務、アカウンタビリティなどの概念を抱合する受託者責任が課せられる。十字軍を主導したローマ法王ウルバン二世は、「十字軍に発つ者が後に残していく資産、動産・不動産の別なく資産の帰国までの保全は、ローマ法王が保証人になり、その者が属す教区の司祭が実際の監視の責任を負う」と公会議で決定している(塩野七生「十字軍物語1」より)。当時の法王庁の政治的な思惑を割り引いても、受託者責任の背景には、宗教観に基づく意識が源流にあると想像されよう。

 所有権が移転する信託では、受託者を効果的に規律する仕組みが弱い。このため、英国では今でも多くの公益団体や学校などが勅許、あるいは議会や当局の認可で設立される。強固な規律が求められる営利法人も同様であったが、1844年の会社法制定以降、会社は登録制とされガバナンスの弱点を補強するため株主総会、定款自治、情報開示、会計監査、社外取締役といったチェック・アンド・バランスをはかる仕組みが適宜、導入された。

 株式会社のガバナンスは、国家のガバナンスの縮図でもある。英国は、国王を頂点とする既得権益に対する挑戦の歴史を持ち、国王との合意で民主主義を打ち立てた。清教徒革命の一時期を除き、一貫して国王の存在を肯定し続けた発想は、資本主義を貫いて資本家の存在を認めつつ、民主化の要素を取り入れたコーポレート・ガバナンス改革を進める流れに共通する。

 一定の出資比率が取締役への就任条件とされた慣習が薄れ、所有と経営の分離が進む中、取締役の人事権を維持しながらもまとまった影響力を失う株主は、金融恐慌や制度改革のたびに既得権者の権益が移り行く様を反映している。20世紀以降は資本家の相続や国有企業の民営化などによる株式の拡散に伴い株主は大衆化し、あわせて資本市場の高度化や国際化に伴う一般大衆の所有株式がプロの機関投資家の管理に携わっている。年金制度などは多数の加入者の資金を背景に、株式会社の所有者は限りなく一般大衆の利益に結び付く構造になってきた。Stewardshipに抱合される信託の受託者責任を負う機関投資家の躍進からも、民主主義との接点が再確認できる。

 株式会社は株主の有限責任、資本多数決という株主に有利な制度である。これを認め、維持したのは、資本主義を享受したい民意の反映でもあるが、金融、公益事業といった巨大産業にまでこういったメリットを無制限に認めると、万一の破たんは一企業で賄いきれないほどの損害を社会に及ぼしかねない。このため、株主の責任とは、民主化が進んだ信託の制限下、当局の規制に加え、例えば納税者など主権者に近い立場からの監督が機能するよう確保することとなる。

 英国で流通する硬貨には、エリザベス女王の横顔が施され、その周りにELIZABETH.II.D.G.REG.F.D.の文字が刻まれる。この「神のご加護のもと、信義の守護者」の刻印は古くから続く。英国はフランスやロシア、あるいはアメリカのように一瞬の革命にて国家体制が変化したのではなく、代々続く国王が随時発生する貴族、あるいは議会と交わした合意によって徐々に民主化がすすめられ、チェック体制を築いた。信義を重んじ信託のように制度の継続性を保持するなかでの改革は国家、信託、公益法人、投資信託、株式会社など仕組みが異なってもの受託者責任という共通認識を実現させ、他国の制度よりもその有効性を高める効果をもたらした。

 シェイクスピアは史劇、「リチャード二世」第三幕第三場にて、反乱者に対峙する主人公に次のよう述べさせた。


Because we thought ourself thy lawful king:
And if we be, how dare thy joints forget
To pay their awful duty to our presence?
If we be not, show us the hand of God
That hath dismiss'd us from our stewardship;

 坪内逍遥は、stewardshipを「御代理」と訳した。神の委託を受け国王がその代理として国を統治する、国王は神の代理であるが、代理に過ぎない。責任感と謙虚さこそ、受託者に求められる資質であるとシェイクスピアは言いたかったのだろうか。


次回は、監査等委員会設置会社のエキスパートである、森・濱田松本法律事務所 パートナー 弁護士の太子堂厚子さんに、法律の専門家から見たコーポレート・ガバナンスや今後の展開などについてお聞きしてみたいと思います。


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関孝哉(せき たかや)

明治大学国際連携機構特任講師、コーポレート・プラクティス・パートナーズ株式会社代表取締役。麗澤大学客員教授、アンリツ株式会社取締役監査等委員。インペリアル・カレッジ(ロンドン)卒、京都大学博士(経済学)。東洋信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)、みずほ証券(日本投資環境研究所へ出向)を経て現職。内閣府、経済産業省、金融庁でコーポレート・ガバナンスに関連する研究会等の委員を歴任。主な著書「コーポレート・ガバナンスとアカウンタビリティ論」(2008年商事法務)、Fundamentals of Corporate Governance, 2008 SAGE Publications(共著)。